物語の悪役に転生した。破滅する運命だったので、全力で否定してみた。
えながゆうき
第1話 運命にあらがう者
俺は心を鬼にした。
これまで短い期間だとしても、苦楽を共にしてきた仲間だ。パーティーを追放するのは心苦しい。だがしかし、ここで俺がやらねば物語が進まないのだ。
「ブラム、お前を俺のパーティーから追放する」
そのとき、一瞬だけブラムが口元を緩めたのが見えた。まさかこいつ、こうなることを予想していたのか? ……いや、まさかな。俺の考えすぎだ。今日この日のことを考えすぎて頭がおかしくなっているのだろう。だがそれも、ここで終わる。
赤い髪に、赤い目をしたブラムがいつか見た物語と同じセリフを放つ。
「な、何でですか! 俺が何かやりましたか!?」
ふう、と一つため息をつく。俺は両手で顔を覆い、怒りの表情を作った。その顔を見たクリスティーナとエリザベスの顔が引きつった。
悪いな、二人とも。別に君たちに恨みがあるわけじゃないんだ。俺の元から去ったら、どうか俺のことなど忘れてくれ。
「まだ分からないのか。お前の”光の騎士”という意味不明なスキルじゃ、何の役にも立たないって言ってるんだよ」
「そ、そんな!」
ブラムが持つスキル、”光の騎士”はまだ発動していない。これを発動させるには、俺からパーティーを追放されたあとにたどり着く”光の神殿”に行く必要があるのだ。そこでブラムは光の神から”復活した魔王を倒してこの世界を救う”という大事な使命を受け取ることになる。それを俺が邪魔するわけにはいかない。
「それは言い過ぎだと思います」
「そうですよ。それを承知でパーティーに誘ったのでしょう?」
「そうだ。だがこれほどまでに役に立たないとは思わなかった」
パーティーとして活動している間に、三人には十分なサバイバルスキルを身につけさせることができたと自負している。ときにはきついことも言ったが、これから先の”神の試練”で間違いなく役に立つはずだ。
「それなら……それなら私もブラムと一緒にこのパーティーを抜けます」
治癒師であるクリスティーナがブロンドの髪を左右に振った。そのブルーの瞳は信じられないと言わんばかりに俺をにらみつけている。筋書き通り。ここでブラムについて行ってもらわなければならない。魔法使いのエリザベスと共に。
「何だと?」
「私もよ。私も抜けるわ。パーティーが抜けるときは共有の財産を均等に分配する。それが冒険者ギルドの決まりだったわよね」
エリザベスが紫色の髪をかき上げた。琥珀色の目が汚物でも見るかのように、こちらをにらみつけている。物語ではここで、お金とアイテムを渡さず独り占めして三人と別れるのだ。そして一人になった俺は魔物に襲われて殺されることになる。
「ハッ、均等に分配だと? 腰抜けのお前らに全部くれてやる。俺はいくらでも稼ぐことができるからな。せいぜい減りゆく財産を眺めながら嘆くといい」
そう言って諸々のアイテムが入った袋を焚き火の前に置く。ついでに俺が管理していたお金も置いた。これで俺に残ったのはこの身一つと、相棒の両刃の斧だけである。
すべてを置いた俺は斧を担ぐとその場をあとにした。すでに日が昇りつつある。移動には困らない。
これで俺のやるべきことは終わった。物語の本筋から離れた俺は、ショートストーリーの中でおまけのように殺されるのだ。
だが、タダでは死なん。浅ましくとも運命にあらがってみせる。そのためにも、どこのだれのものかも分からない記憶が蘇ってから、血反吐を何度もはいて訓練を重ねてきたのだ。俺は負けない。
鬱蒼とした森の中を進む。方向など分からない。だが運命が俺を導いてくれるはずだ。
物語の主人公と出会った。そして物語の重要人物たちとも遭遇した。そして確信した。俺は運命に導かれている。
そのときガサリと大きな音が近くから聞こえて来た。
とっさに音のした方向から飛び去り、斧を構える。そこには不意打ちをしくじった、巨大な黒い熊がいた。
まさかここまで接近を許すとは! 気を張っていなければ不意打ちでやられていたぞ。
こいつはSランクの魔物、ブラックベアーじゃないか! 物語の中で俺を殺した黒い影はこいつだったのか。それならCランク冒険者の俺が簡単に倒されたのも納得ができる。
ブラックベアーは俺を殺すことを命令されているかのように、ゆっくりと近づいてきた。だがその目に、どこか奇妙な色が宿っていることに気がついた。
どうやら今の一撃で決めるつもりだったらしい。必殺の一撃を回避されて動揺しているようだ。
これはチャンスだ。相手が警戒を強める前に速攻で倒すべきだろう。
斧を頭上に振り上げる。それに呼応するかのようにブラックベアーが立ち上がった。
「ふんぬ!」
全力で斧を振り下ろす。それをブラックベアーは紙一重で後ろへ飛びのいて回避する。しかし甘いぞ、ブラックベアー。斧本体はカモフラージュ。本命はそのあとに発生する”飛ぶ斬撃”である。
ブラックベアーは口元を緩めた状態で真っ二つになった。
発生した”飛ぶ斬撃”はそのままの勢いで森を二つに裂いた。
「ふう、何とかなったな。だがこの森を抜けるまでは気を緩めるわけにはいかない。相手が一匹とは限らないからな。油断せずに行こう」
生き残った自分に言い聞かせるようにそう言った。
ブラックベアーから爪と毛皮、それから肉を回収する。もちろん魔石も忘れない。これを売ればしばらくお金に困ることはないだろう。
だがさすがに一人だと持てる荷物に限りがある。もったいないが残りは捨てて行くことにした。残骸は森の生き物が勝手に処理してくれるだろう。
その後は特に魔物に遭うこともなく森を進んだ。どうやら俺に立っていた死亡フラグはあの一本だけだったようである。
それもそうか。あまりにも都合が良すぎる不意打ちだった。通常なら二百メートルほどの範囲に生き物がいれば気がつくはずである。それがあのときは音がするまで気がつかなかった。通常ならあり得ない。
「ここからの俺は自由にやらせてもらうぞ。もちろん物語の主人公の邪魔をするつもりはない。ブラムには世界を救ってもらわなければならないからな」
握りこぶしを作ると、だれに言うでもなくそう宣言した。そうしなければ、俺がまだ生きているという確証が得られなかったのかも知れない。
さて、これからどうするか。まずはこの森を抜けて、収集品を売ってお金にしなければならないな。生き残れるのならばお金とアイテムは均等に分配しておくべきだったな。まあ、今さら言ったところでしょうがないか。先へ進むとしよう。
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