第9話 穴からはい出る者
三人で小道を駆けて行く。さいわいなことにこの道にまで魔物は押し寄せていないようだった。避難が遅れているドワーフ族を小道へ誘導しながら先を急ぐ。途中でドワーフ娘が進路を変えた。
「この先だよ!」
「俺はイザーク。こっちはシルフィリアだ」
「あたしはリリラ。大親方の娘よ」
大親方? リリラがちょっと自慢げにそう言ったところをみると、きっとドワーフ族の中では身分が高いのだろう。エルフ族で言うところの長くらいの身分なのだろうか。あとでシルフィリアに聞いてみよう。
進路を変えて少し進むと、黒い煙が濃くなってきた。これはまずいな。戦うどころではなさそうだ。そう思った瞬間、一陣の風が巻き起こり、あっという間に黒い煙を遠くへと押し流した。シルフィリアが魔法を使ってくれたのだ。
「さすがはシルフィリア。頼りになるぜ」
「そう? それなら言葉だけじゃなくて、態度で示してもらっても構わないわよ」
うふふと笑うシルフィリア。今夜は眠れないかも知れない。
採掘場が見えて来た。手に大きなハンマーを持ったドワーフたちが穴から出て来る魔物を何とか押しとどめようとしているようだ。
だがしかし、アント系の魔物は装甲が堅い。自慢のハンマーによる打撃もあまり効果がなさそうだ。倒れたドワーフにそのうちの一匹が飛びかかる。
「させるか!」
間一髪でアントの細い首を切り離すことに成功した。アント系の魔物の弱点はこの細くなったくびれである。だがそれも、刃物なら切断することができるが、ハンマーでは難しいだろう。
「あんた……」
「話はあとだ。ここは任せて、あの穴を塞ぐ手段を考えてくれ。無理なら俺の相方が魔法で塞ぐことになる」
そう言っている間にも、うなるような風がアントの首を上空へと舞い上がらせた。風の刃はそのまま奥にある足場を破壊した。ドワーフたちから悲鳴があがる。命と足場のどちらが大事なのか。聞くまでもないと思うのだが。
「分かった。すぐにどうするかを決める。それまで頼んだぞ」
助けたドワーフはすぐに仲間のところへと戻ると、数人を連れてこの場から離脱した。残ったドワーフはどれも丸太のような太い腕をしており、魔物を倒せずとも、はじき返すことはできていた。
「やるじゃないか。さすがはドワーフ族だな」
「ありがとよ。俺もあんたみたいな斧があれば良かったんだが、あいにくなくて、な!」
ガイン! と奇妙な音を鳴らしながら魔物が飛ばされる。脳しんとうを起こしているのかフラフラと動きが鈍くなっている。その隙を逃さずにシルフィリアが魔法を使う。スポンと魔物の首が飛ぶ。
「まさかエルフ族が助けに来てくれるとはな。こりゃ明日は嵐だな」
「おいおい、あまり変なことを言うようなら、今すぐ血の雨を降らせてやっても良いんだぜ?」
「ほらそこ! 集中しなさい」
シルフィリアに怒られた。俺とオッサンはそろって肩をすくめた。確かにシルフィリアの言う通り、集中しなければならないな。今も穴から次々と魔物がはいだして来ている。ドワーフ族には早く決断してもらわないと、じり貧になるだろう。
「良い女だな」
「そうだろう?」
オッサンと肩を並べて走る。前衛がしっかりと前を守っているからこそ、余裕を持って魔法が使えるのだ。それぞれの役目をキッチリと果たさなくてはならない。
その後も何匹か首をはねたり、はじき飛ばしたりしていると、後ろから大きな声が聞こえた。
「ダイナマイトを使って穴を塞ぐ。準備をしろ!」
「オヤジ、本気かよ? これだけ良質のミスリル鉱石を採掘できる場所はもうないぜ!」
「良いからやれ!」
オヤジ……? となるとこのオッサンはオッサンではないオッサンのようである。でもオッサンにしか見えない。ドワーフ族は不思議な生き物だ。それにしても、まさかダイナマイトがあるとは思わなかった。手に持っているということは、どうやらそれに火をつけて投げ込むつもりのようである。むちゃくちゃだな。大丈夫なのか?
「シルフィリア、どうやら穴を塞ぐのはドワーフたちがやってくれるらしい。俺たちは引き続き魔物退治だ。後ろには行かせるなよ。ドワーフたちの手元が狂ったりしたら大変だぞ」
「分かったわ。でも、やけにダイナマイトを気にしているのね?」
「爆発するんだろう? 巻き込まれたら大変だ」
シルフィリアはどうもピンと来ていないようだ。ちょっと首をかしげている。恐らくシルフィリアは爆発系の魔法も使えるのだろう。それならば、慣れているので動揺しないのもうなずける。
後方から次々とダイナマイトが穴の中に投げ込まれてゆく。ドワーフ族はどいつもこいつも強肩のようである。
どうやら導火線を長くしているみたいで、爆発するまでには少々時間があるようだ。遅れて穴から爆発音が聞こえてきた。
「あとは完全に穴が塞がるまで、出て来た魔物を倒すだけだな」
「それでもまだ、結構な数の魔物が出て来ているわね」
とどまることを知らないのか、相変わらず魔物が湧き出ている。だが良く見ると、個体の大きさは小さくなっていた。トンネルが崩落して塞がりつつあるのだろう。
そしてありがたいことに、どうやら小さい魔物は装甲が薄いようである。ドワーフが自慢のハンマーをたたきつけると、頭部が潰れる個体が現れ始めた。
「これならいけるぜ! あんちゃん、ねえちゃん、あのでかいのを頼む。小さいのは俺たちに任せとけ」
「任せとけ。小さいからと言って油断するなよ」
小さい魔物は無視しして、大きな個体を中心に討伐していく。魔物の数はみるみるうちに減っていった。ドワーフたちにも余裕が出て来たようだ。何人かがダイナマイトを投げ込む作業に加わっている。
「すごいや、イザーク!」
「リリラ、何でまだここにいるんだ! 早く下がれ」
「何言ってるのよ。あたしだって戦えるんだから!」
そう言ってハンマーを軽々と振り回していた。大親方の娘だから活躍しないといけないとかあるのかな? もしそうなら面倒なことになるぞ。リリラを守りながら戦わなくてはならない。
「リリラ、オヤジのところへ戻れ!」
「あー! お兄ちゃんまであたしをのけ者にするんだー」
「違う、そうじゃない。ここは危険だ!」
どうやらリリラはあのオッサンの妹のようだ。何歳年が離れているのか非常に気になる。娘だと言われても違和感がない。そんな二人のやり取りに見とれていると、前方が騒がしくなった。
振り返ると、これまでよりも一回り大きな個体が姿を現していた。そいつは口から何かを吐き出した。この軌道はリリラに当たる! 何だか嫌な予感がした俺はリリラに飛びかかった。
「ボサッとするな!」
「きゃ!」
間一髪で回避する。先ほどまでリリラがいた地面は溶けていた。どうやら強力な酸を吐き出すようである。このままあいつに酸をまき散らされるとまずい。早急に倒さねば。
「気をつけろ! 酸を吐いてくるぞ」
「ちっ、面倒な」
ドワーフたちがバラバラになって距離をとり始めた。これならそうそう当たらないだろう。その間にあいつを倒す。
「ちょっとイザーク」
「どうした?」
「触ってるんだけど?」
「え? な、何もなかったぞ!」
「な……ちゃんとあるもん!」
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