第10話 巨大アント
ギャーギャーと騒ぎ始めたリリラを立たせると、何事もなかったかのように巨大アントへ立ち向かった。後ろから怨嗟の声が聞こえてきたが、それを右から左へと受け流す。
ダイナマイトの爆発音は続いており、穴からはい出てくる魔物の数もほとんどいないようだ。こいつを倒せば終わりだろう。
「どうやらこいつらはでかくなるほど装甲が堅くなるみたいだからな。俺の斧が通用してくれたら良いんだが、ね!」
ガン! と鋼鉄でも殴ったかのような音が鳴り響く。殴った腕はしびれている。隙を突いてくびれの部分を攻撃したのだが、これまでと同じように切断することはできなかった。良く見ると、どうもそこだけ外殻が幾重にも折り重なっているようだ。
弱点を克服した個体か。面倒だな。
「シルフィリア、俺の斧じゃ歯が立たない。隙を作る。自慢の魔法をお見舞いしてくれ」
「あのサイズの魔物を魔法で攻撃するなら、相当強力な魔法を使うことになるわ。そうなると、この辺りがどうなるか分からないわよ」
……シルフィリアは一体どんな魔法を使おうと思っているのか。先ほどまで使っていた”風の刃”の魔法の上位互換を使ってもらうだけで良いのだが。
シルフィリアの顔は真剣そのものだ。と言うことは、そんな魔法は存在しないか、使えないようである。そしてシルフィリアが使える魔法でより強力な魔法を使うとなると、天変地異を起こすようだ。
さすがにそれはまずいな。ただでさえこの場所は周囲が山で囲まれているのだ。それが崩落することにでもなれば、辺り一帯が更地になるだろう。当然、現在避難中のドワーフ族も無事ではすまされない。
「くそっ! なんちゅう硬さだ」
「ダメだ。おいだれか、こいつにダイナマイトを投げてやれ!」
ドワーフのだれかが言った。慌ててその場から離れる。すぐに投げ込まれたダイナマイトが見事に魔物の上で爆発したが、ダメージはなさそうだった。どれだけ硬い装甲なんだ。
「シルフィリア、内部破壊魔法はないのか?」
「イザーク、あなた、魔法を何だと思っているのよ。口の中に放り込まない限り無理だわ」
「あいつに口を開けさせるか。酸を吐き出すときにしか口を開いていないが、あの短い時間じゃ無理そうだな」
「さすがの私でも無理ね」
こうなれば採用できる方法は一つしかない。強化魔法を使ってもらってあいつを倒す。エルフの隠れ里でやったことと同じだ。あとはシルフィリアが強化魔法を使ってくれるかどうかだな。
「シルフィリア、俺に強化魔法を使ってくれ」
「嫌よ。またあんな風になったらどうするつもりなのよ」
「大丈夫だ。今回は腹に傷を負っていない。それに、今回は横振りではなく、縦振りにする」
「そう言う問題じゃないんだけど……」
今も目の前でドワーフたちが何とか押しとどめようと頑張っている。だがハンマーでいくらたたいても気にしていない様子で進撃している。ここを突破されて山の麓へと向かえば、どれだけの被害が出るか分からない。シルフィリアもそのことは分かっているはずだ。
「……分かったわ。その代わり、私の言うことを良く聞くように」
「了解した。何でも言うことを聞こう」
「今何でもって……! 良いこと、イザークの体の負担を考えて、強化魔法は十秒しか使えないわ」
十秒! たったそれだけの時間で巨大アントを倒しきらないといけないのか。そうなると、一撃で仕留めるしかないだろう。全力で向かって、全力で殴る。それしかない。強化魔法を使ってもらえばスピードも上がっているはずだ。何とかなるはず。
「分かった。それで構わない」
「そのあとはすぐに治療をするから、まっすぐに私のところに戻って来てちょうだい」
神妙にうなずいた。それだけ俺の体への負担が大きいということなのだろう。前回は完治するまでに三日はかかった。十秒でもかなりの負担になるのだろう。筋肉痛くらいは覚悟しておいた方が良さそうだ。
「イザーク……」
「リリラ、お前は大人しく後ろに下がっていろ。あれはどうにもならん」
「でも、イザークは何かするつもりなんでしょう? 二人が何かやろうとしていることくらい見れば分かるわ」
「大丈夫よ、リリラちゃん。イザークは強いんだから」
「分かってる。イザークが強いことくらい。でも心配」
心配ないさ、と言いたいところだが、前回、シルフィリアを盛大に心配させたからな。この場で軽はずみなことは言えない。俺は無言でリリラの頭に手を置くと、シルフィリアにうなずいた。
シルフィリアはうなずき返すと俺のほほに触れた。そこから熱いものが流れ込んで来る。前回も同じものを感じたが、これが魔力なのだろう。だが前は背中からだったのに、今回はほほ。もしかして、リリラに対抗心を燃やして見せつけたりしてる? いや、そんなまさか。
「準備ができたわ」
「それじゃ、行ってくる」
斧を肩に担ぐ。鳥の羽のように軽かった。巨大アントへと走る。体の重さはほとんどない。地面を低く飛ぶ鳥よりも速く走ることができた。まるで飛んでいるかのように錯覚してしまう。
巨大アントの正面にたどり着くとその頭部へ向かって大きく飛んだ。普段なら届かないはずの距離なのだが、軽々と到達することができた。斧を縦に振り下ろす。まるでスライムを切っているかのように、その頭を簡単に切ることができた。
勢いに乗った斧はそれだけでは収まらず、飛ぶ斬撃を生み出して胴体も真っ二つにした。終わってみれば、左右に分断された巨大アントの姿と、深く溝を刻まれた大地が目の前にあった。
さすがはシルフィリアの強化魔法。効果が段違いだな。
言われた通り、急いでシルフィリアのところへと戻る。するとシルフィリアよりも先にリリラが飛びついてきた。何だかヒンヤリとしたものを周囲で感じたが気のせいだろう。
「すごい、あんな大きな魔物を一撃で倒すだなんて!」
「俺だけの力じゃない。シルフィリアの魔法あっての力だ。勘違いするなよ」
「ほら、体を見せてちょうだい。治癒魔法を使うわ」
先ほどのヒンヤリとした空気が収まった。どうやら俺の対応は間違ってはいなかったようだ。一歩間違えれば氷漬けになっていたかも知れない。まさかシルフィリアがここまで俺のことを思ってくれているとは思わなかった。うれしいような、ちょっと怖いような、複雑な気持ちだ。
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