第11話 戦いを終えて
シルフィリアが俺の胸に手を当てた。そこから暖かい熱が伝わって来る。これは治癒魔法による熱だ。心地良い熱が全身をくまなく温めていく。
「ねえ、シルフィリア、イザークは大丈夫なの?」
「大丈夫よ。だけど、今日はこれ以上、動かない方がいいわね」
「そんなにひどいのか?」
「ええ、そうよ。私の言うことは何でも聞いてくれるんでしょう?」
ニッコリと笑うシルフィリア。ヒヤリとした。どうやら反論しない方が良さそうだ。俺は神妙な顔をしてうなずくしかなかった。
そのとき突然、リリラが腕にしがみついて来た。
「それじゃあさ、今日はうちに泊まっていくといいわよ」
周囲を見ると、残りの魔物はすべて討伐されていた。鉱山の穴も塞がったようであり、爆発音も聞こえない。今はその跡地を数人のドワーフがウロウロとしている。どうやらあきらめきれないようだ。やめておけば良いのに。
「そうさせてもらいたいところだが、避難したドワーフたちがどうなっているのかが心配だな。戻って来るならこの辺りも忙しくなるだろう?」
「そうかも知れないけど、家の中は関係ないでしょ」
どうしたものか。困った俺はシルフィリアに助けを求めた。シルフィリアも悩んでるようだ。テントよりも、しっかりした部屋の方がゆっくりと眠ることができるのは確かだ。
その一方で、ドワーフ族の家の中は一体どうなっているのか見当もつかない。
「ねえ、リリラちゃん、部屋の中は、その、キレイなのかしら?」
「うっ! ……エルフ族を招くのには問題があるかも知れない。でも人族ならたぶん大丈夫」
たぶんか。これは嫌な予感がするぞ。シルフィリアと目が合った。そして首を左右に振った。俺も同感だ。断ろう。それにドワーフ族は身長が低い。その大きさで作られているとすれば、天井も低いはずだ。俺たちにとっては過ごしにくい作りになっていることは間違いない。
「リリラ、せっかくの誘いだがやめておこう。自前のテントを持っているからな。場所だけ貸してもらえればそれで十分だ」
「そっかぁ……」
残念そうにするリリラ。ちょっとかわいそうだったかな。だがこれから忙しくなるのは間違いない。その邪魔をしない方が良いだろう。
避難したドワーフたちが少しずつ戻って来ているようだ。無事だったことを喜ぶ姿があちこちで見られた。
「なんとかなったわね」
「そうだな。俺が来たせいでドワーフ族が全滅したなんてことになったら、冗談ではすまないからな」
「気にしてたの? あれはほんの冗談だって」
シルフィリアが優しく胸に抱きついて来た。どうやら治療は終わったようである。腕をシルフィリアの背中へ回してみたが痛みは特にない。筋肉痛にはなっていないようだ。
体の動きを確認していると、最初に助けたドワーフがこちらへとやって来た。
「話は聞いたぞ。息子と娘も世話になったみたいだな。あんたたちは俺たちワーレン一家を救ってくれた恩人だ。さあ飲もう!」
さすがはドワーフ。まだ昼間だし、これだけの騒動になっているにもかかわらずお酒を飲むみたいである。どうしたものかと思っていると、リリラが俺の腕をグイグイと引っ張り始めた。
「ドワーフの酒を飲んだことある? すごく濃厚でおいしいんだよ!」
それはお酒の度数が高いということか。そしてそのことを知っているということは、リリラも飲んでいるのだろう。つまり、リリラはこの見た目で成人しているということになる。……どう見ても十歳前後の子供だぞ。当然、胸も平らである。いや、小さな膨らみがあったな。
「その前に、一つだけ聞いておきたいことがある。これからワーレン一家はどうするつもりだ。この場所に居続けるつもりなのか?」
ピタリとリリラの動きが止まった。リリラだけじゃない。リリラの父親の動きも止まった。リリラは自分のことを大親方の娘だと言った。きっとワーレン一家の中でも力を持つ家系なのだろう。こちらを向いた父親の目に光はなかった。
「もうこの場所は無理だ。別の場所を掘っても、いずれあのわけの分からん建物がある場所にたどり着く。そうすりゃ、さっきと同じことが起こる。次はみんな助からないかも知れん。そんな危険は犯せない」
「どんな建物だったのかしら?」
「神話の時代の建築物だろう。ダイナマイトを使っても傷一つ入らなかった。まあそのせいで魔物を呼び寄せることになっちまったんだがな」
肩を落とす大親方。痛恨のミスだったのだろう。だがしかし、そうなるのは時間の問題だったと思うぞ。うつむくリリラ。その肩が小刻みに震えている。顔は見えないが泣いているのだろう。それもそうか。生まれ育った故郷を捨てることになるのだからな。
大親方からのせっかくの誘いだったが、今は騒動の後片付けを優先したいと言って断った。周囲で忙しく動いている人がいる中で酒盛りをするなど、さすがに悪いような気がする。
シルフィリアと共にドワーフたちにケガがないかを確認する。案内役はリリラが買って出てくれた。だがしかし、ドワーフ族はタフさに定評があるみたいで、ケガをしている者はほとんどいなかった。
そのときにエルフ族がなぜドワーフ族を嫌うのかが分かったような気がした。
「リリラ、ドワーフ族は風呂に入らないのか?」
「風呂って何?」
まず風呂がなかった。あきれたシルフィリアが説明をすると、”水浴びくらいする”と答えを返した。そしてお湯を沸かすなんて、燃料がもったいない! と怒っていた。ドワーフ族にとって、燃料は清潔感よりも重要な要素のようである。
「ときどきしか水浴びをしないにしてはリリラはキレイだな」
「え、そ、そうかなぁ。いつもこんな感じだよ?」
クネクネと体をよじり始めたリリラ。目を大きくするシルフィリア。これはどうやら誤解を生む発言をしてしまったようである。どちらかとリリラはキレイ系よりもかわいい系である。
「リリラちゃんは毎日水浴びをしているの?」
「そうよ。他のみんなからは変な人を見るような目で見られるけどね。失礼しちゃうわ」
プリプリと怒り始めるリリラ。どうやらドワーフ族の中でも、キレイ好きなリリラは珍しいタイプのようだ。もしかすると苦労しているのかも知れない。
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