第12話 リリラの思い

 避難していたドワーフたちの移動も一段落ついたようである。その辺りに座り、酒盛りをするドワーフの姿をあちこちで見かけるようになってきた。あれだけの騒動があったのにたくましいな。


 鉱山の穴は完全に塞がれたのだろう。それがこの安心感につながっているのだと思う。そして、この場所を放棄する話も出ているはずだ。そうなると、あの酒はやけ酒なのかも知れない。


「シルフィリア、テントを張ろう。どこか良い場所があればいいのだが……」

「あそこはどうかしら? ちょっと高台になっているし、この辺りを見渡せるから何かあったときにも対応できるわ」


 シルフィリアが指差す場所には確かにテントを設置できそうな平らな地面があった。シルフィリアの言う通り、あの場所が良さそうだ。すぐにその場所に行ってテントを張った。何度も張っているので、手慣れたものである。


「ねえ、イザーク、テントは一つしか張らないの?」

「そうだ。こう見えても、二人で寝るのには十分な広さがあるからな」

「……もしかして、シルフィリアと一緒に寝てるの?」

「ああ、そうだが……?」


 ジッとこちらを見るリリラ。なぜがほほがムッと膨らんでいる。まさか嫉妬している? リリラには何の関係もないと思うのだが。シルフィリアを見ると首を左右に振っていた。こりゃあきれているな。


 いつもの様にシルフィリアが魔法でかまどを作り、火をおこしてくれた。そこに鍋を置いて夕食の準備を始める。お湯を沸かしている間に、リリラがおいしそうな肉を持って来てくれた。


「これ、お父さんが持って行けって」

「これはありがたい。良い肉じゃないか。それで、その小脇に抱えているのは?」

「もちろんこれはお酒だよ。ドワーフのお酒、飲んだことないんでしょう?」

「確かに飲んだことはないが……大丈夫なのか?」


 人族の国にドワーフ族の酒が流れてくることはめったにない。もしそれが商人の手に渡ったとしても貴族がこぞって高値で買い占めるはずだ。それほど珍しくてうまいのだ。それは当然、エルフ族の酒も同じである。


「大丈夫よ。向こうは大宴会みたいになってるから、一本なくなってもだれも気がつかないわ」


 それってダメなやつなんじゃ……だが、せっかく持って来てくれたのだ。追い返すのはかわいそうだろう。それにドワーフ族の酒には興味がある。シルフィリアも気になるのか、特に何も言わなかった。


 ジュウジュウと肉を焼く良い音がする。三人だけの小さな宴が始まった。調理するのは俺とリリラである。シルフィリアには酒をつぐという大事な役目を与えておいた。


「念のため聞くが、リリラは成人しているんだよな?」

「もちろんよ。子供になんて見えないでしょう?」


 両手を広げるリリラ。どう見ても子供にしか見えない。俺を見たシルフィリアが首をかしげているところを見ると、そう思っているのは俺だけのようである。人族には全く分からない感覚だ。


 三人で無事に生き残れたことを乾杯する。コツンと木製のコップをお互いにぶつけて酒を飲む。空腹の体の中に熱いものが流れ込んできた。焼けるような熱だ。これは何か食べてから飲むべきだったかも知れない。


「これは……ずいぶんときつい酒だな」

「えええ~、このくらいのお酒は普通だよ~」

「確かにきついわね」


 滑らかな舌触りに果物のような味わいでとてもおいしいのだが、これは飲み過ぎると危険な酒だな。ゴクゴクと一気飲みするリリラを見て、気が気でなくなってきた。ドワーフ族はお酒に強い種族だと聞いたことがある。リリラもきっと大丈夫なのだろう。


 良い感じに焼けた肉をシルフィリアとリリラの皿に切り分ける。それをおいしそうにほお張る二人を見ながら俺も食べる。うむ、いかにも肉、といった感じの食べ応えのあるステーキだ。かめばかむほど旨味があふれてくる。干し肉とは比べものにならないな。


 リリラは肉だけでなく、野菜も持って来てくれていた。この岩だらけの場所では貴重な野菜のはずだ。ありがたくいただこう。今日の夕食は焼き肉である。手軽な料理だが、失敗することはない。

 その後も肉だけでなく野菜も二人に食べさせつつ、これからの話をする。


「リリラ、ここを離れるとして、行く当てはあるのか?」

「……一度、ドワーフの国に戻ることになってる」

「ドワーフの国? そんな場所があるのか。初めて聞くな」

「うん。あたしは生まれてからずっとこの場所で育ったから、行ったことはないんだけどね。地底にあるって言ってた」


 地底! エルフ族の国はこことは別世界にあって、ドワーフ族の国は地底にあるのか。この世界にはまだまだ知らないことだらけだな。

 しかし地底か。どんな世界なのだろうか。ここよりも過ごしやすいのかな? 何だかホコリまみれで熱い場所のような想像しかできないが。


「シルフィリアは知っているのか?」

「聞いたことはあるわ。毛むくじゃらでホコリまみれのドワーフがいるそうよ」


 ちょっと顔をしかめたシルフィリアがそう言った。なかなか容赦のない言葉である。リリラが憤慨するかと思ったがそんなことはなく、逆にうつむいて沈黙していた。小さな体がますます小さく見えた。


「行きたくない」

「リリラ?」

「そんなところに行きたくないよ。あたしもシルフィリアみたいにキレイになりたい!」


 泣いているのか、リリラ。こちらを見つめる瞳からは大きな雫がいくつもこぼれ落ちていた。そうか。リリラが毎日水浴びをしていたのは、キレイになりたかったからなのか。

 リリラはドワーフ族の中でも異端なのだろう。周囲は見た目には無頓着。着飾ることすらなさそうだった。


 そんなときにエルフ族のシルフィリアと出会った。衝撃的だったのだろうな。あの嫉妬も女性特有のものだったのだろう。涙を流すリリラをシルフィリアがなだめている。見た目は姉が小さな妹を慰めている構図である。


 エルフ族とドワーフ族の間には何か因縁めいたものがあると言っていたが、この二人に関してはそのようなものはなさそうだ。さてどうするか。一緒に連れて行くという手もあるが。


 自分の胸の内を叫んで開き直ったのか、グビグビとお酒を飲み始めた。大丈夫かな? シルフィリアもつられてお酒の量が多くなっているようだ。これは止めた方が良いな。

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