第13話 旅の仲間

 さすがに飲み過ぎた。それだけドワーフ族の酒がうまかったということもある。後半になればなるほど記憶があやふやだった。それにしても、シルフィリアもリリラもとんだ大酒飲みだな。俺も酒の量には自信があったが”もしかしてそれほどでもないのでは”と思ったくらいだ。


「う~ん」


 狭いテントの中でリリラが身をよじった。あのあと、一本では足りなかったリリラが次々とどこからともなく酒を持ってきたのだ。おかげでこのザマである。声のした方向に顔を向けると、そこにはリリラが全裸で横になっていた。どうして。


 思い出せ、俺は手を出していないはずだぞ。そうだ、思い出したぞ。ウトウトし始めたリリラをテントに引っ張り込んだあとに、リリラが暑いとか何とか言って服を脱ぎ捨てたんだった。良かった。俺のせいじゃないぞ。


 リリラが風邪を引かないように毛布を掛ける。さすがにこれ以上見るのは良くないと思ったので反対側に顔を向ける。そこには同じく全裸のシルフィリアがいた。うーん、思い出せ。


 そうだ。服を脱ぎ始めたリリラになぜか対抗心を燃やしたシルフィリアも服を脱ぎ捨てたんだった。その後はすぐに眠ってしまったので良く覚えていないが、何もなかったはず。

 いたたまれなくなった俺はシルフィリアに毛布をかけ、朝食の準備をすることにした。テントの外はすでに日が昇っている。まぶしい。


 朝食用のスープを用意していると二人が起きてきた。服は着ているが、シルフィリアは二日酔いなのか顔色は白く、それに対してリリラは真っ赤だった。朝起きて全裸だったらそりゃ赤くもなるか。リリラに恥じらいがあって良かった。


「おはよ、うっ」

「お、おはよ」

「おう、おはよう。リリラは二日酔いにはなっていないみたいだな」

「う、うん」


 モジモジするリリラ。不可抗力だったとはいえ、見てしまったのはまずかったか。無理にでも家まで送るべきだったのかも知れない。だが俺たちがテントに入ったあとも、外では宴が続いていた。帰っても眠れなかったことだろう。


「おう、お前さんたち。ようやく起きてきたか」

「お父さん!」


 どうやらドワーフ族の男たちは不死身らしい。あれだけ遅くまで酒盛りをしていたにもかかわらず、次の日は何事もなかったかのようにピンピンと動いている。出来上がったスープをシルフィリアに出したが首を振られた。やはり二日酔いらしい。


「リリラから聞いていると思うが、俺たちは一度、ドワーフの国に戻ることにした。そのあとどうするかは、そのときにもう一度考える」

「お父さん、あたしはドワーフの国には行かないからね!」

「……好きにしろ。お前ももう子供じゃないんだ。自分の進む道は自分で決めるといい」


 冷たい言い方というよりも、苦渋に満ちた言い方だった。本当は連れて行きたいのだろう。ここの一家から離れれば、たった一人で生きていかなければならない。しかも慣れない人族の中でである。


「あたしはイザークと一緒に行く!」

「……リリラ?」

「イザーク、まさか断るつもりじゃないわよね? リリラの裸を見ておいて」


 シルフィリアの語気が強い。眉も少々つり上がっており、怒っているというか、あきれているというか、そんな表情である。そんな俺をリリラの父親が鋭い眼光で見ていた。


 まだ手を出していないのに、まるで傷物にでもしたかのようである。リリラは全身を真っ赤にしてうつむいている。今にも体が沸騰して湯気でも出そうだ。裸を見ただけなのにちょっと大げさなのではないだろうか。


「もしかして、イザークは知らないのかしら?」

「……何をだ?」

「ドワーフ族はとっても恥ずかしがり屋の種族なのよ。今でこそ顔を見せているけど、ちょっと前までは顔もお面で隠していたわ。だから人前で裸になるだなんて言語道断なの。それも異性の前ならなおさらね。裸を見せるときは相応の覚悟を決めたときよ」


 なるほど。ドワーフ族が体をめったに洗わないのはそういう理由があったのか。ただのものぐさじゃなかったんだな。だが昨日の夜は酔った勢いでリリラが脱いでいたぞ。……まさか、酔っていなかった?


「あーえっと、責任を持ってお嬢さんを預からせていただきます」

「頼んだぞ。それで酒のことはチャラにしてやろう」


 そう言うとリリラの父親は去って行った。どうやら酒の取り立ても兼ねていたようである。危なかった。だがその代わりにリリラを一緒に連れて行くことになってしまった。

 リリラが決めたことだし、俺に異論はない。問題はシルフィリアだが……先ほど援護していたところを見ると、良いのだと思う。


「よし、まずは朝食にしよう。ほら、リリラも食べろ」

「うん」

「シルフィリアは水だな」

「うん」


 静かな朝食。気まずい。まさかドワーフ族にそんなしきたりがあったとは思わなかった。それならそうと早く言って欲しかった。そうすれば止めることができたのに。

 いや、止めることはできなかっただろうな。リリラは外に出たがっていた。その強い意志を無下にすることはできない。俺も運命にあらがった者だからな。


「ごめんね、イザーク」

「謝る必要はない。どのみち連れて行くつもりだったからな」

「えええ! それじゃあたしが裸になった意味は……ううん、良いの。なんでか分からないけど、イザークになら見られても良いって心のどこかで思ってた」


 ストレートな告白に面はゆい気持ちになる。恥ずかしがり屋のドワーフが裸を見られても良いと思うのは、相当な感情の高ぶりがあるということだ。リリラと出会ってから半日くらいしか過ぎていないと思うのだが、一体どこにそんな要素があったのだろうか。


「ちょっと、いつの間にそんな仲になったのよ?」

「えっと、イザークに押し倒されたとき……かな?」

「ずいぶんと軽いのね、リリラの恋愛感情……」

「そ、そんなことないよ! 恋に落ちるのに時間なんて関係ないわ」


 もっともらしいことを言っているが、それはただの一目惚れなのではなかろうか。ドワーフ族なのに人族に一目惚れするとは。リリラがそれだけ外の世界に憧れていたということだろう。


 人族の世界に足を踏み入れれば、俺よりも良い男はたくさんいる。リリラが新しい男を見つけるまでは俺がしっかりと面倒を見よう。シルフィリアもいずれは……そうなると寂しくなるな。

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