第64話 静かな暮らし
少しでも平らな場所にテントを設置する。明日の夕暮れにはこの場所に戻って来るつもりなので、設備を整えておいてもいいだろう。邪魔な木や草を刈り取り、その場を整えた。もちろん動くのは俺とリリラだ。
「そんなに魔力は使ってないから、私も手伝うわよ」
「気にするな。フェイと一緒に休んでおけ」
「そうそう。あたしたちに任せてよ」
見ろ、リリラも張り切っている。そのかいあって、完全に日が暮れるまでには野営地を整えることができた。
ここからは夕食の準備をしつつ、明日の作戦会議である。
「この辺りの魔物は大したことはなさそうだな」
「そうね。強力な魔物はいないみたいね。谷底まではどうなのかは分からないけど」
「ケットシーたちも何も言わなかったし、変な魔物はいないんじゃないかな?」
「そうだといいけど……そもそもケットシー族はこの場所までは来ていないのだわ。安心できないのだわ」
フェイは巨大なヘビに襲われたことがあるからな。魔物にはかなりの恐怖心を植え付けられているようだ。それに合体している妖精たちの一部は、実際にヘビに丸のみされているからな。だれよりも魔物を気にするのは分かる。ヘビ型の魔物がいないことを願うしかないな。
「活力草がすぐに見つかってくれたらいいんだけどね」
「たくさん生えているといいな。それなら遠慮なく採取することができる。ドラゴン族がかかった病に、他の種族がかからないという保証はないからな」
「ちょっとイザーク、怖いこと言わないでよ~」
その可能性に気がついたリリラがしがみついてきた。地脈の近くに住んでいれば、同じような症状になる可能性は大いにあるだろう。それは現在、地脈の近くに住んでいるケットシー族も例外ではないのだ。今頃、これからどうするのかを話し合っているのかも知れない。
自分たちの居場所か。すべての種族が一緒に暮らしていけるような夢のような場所があれば。そう思うのは俺だけなのだろうか。魔王が完全復活すれば、魔王討伐という一つの目的に向かって、すべての種族が団結する日が訪れるのかどうか、こればかりは分からないな。
「どうしたの、イザーク?」
「みんなが静かに暮らせる場所があればいいなと思っていたのさ」
「そう? 今の私はそれなりに幸せよ」
「あたしも幸せよ」
「私も、私もなのだわ!」
みんなの思いは大変うれしい。今は静かな暮らしとはかけ離れているが、やるべきことが終われば、みんなで静かに暮らしたいものだな。そんな日が来ればいいと思う。
「俺も幸せだよ」
幸せすぎて、ちょっと怖いくらいだけどな。そんなことを考えつつ、時間はゆっくりとすぎていった。
翌日、日が昇るのと同時に谷底へと降りて行く。三人はちょっと欲求不満気味だった。さすがに近くで魔物が徘徊している場所ではゆっくりできない。
「早くどこかの街に行きたいわね」
「そうだよね。いい加減に野宿生活も飽きてきたかも。ダイナマイトも作れてないし」
「イタズラもできていないのだわ」
「それじゃ、ドラゴン族に魔法薬を渡し終えたら、どこかの街へしばらく滞在することにしよう。ドラゴン族がいた山の向こうに行けば、小国があるはずだからな」
グズグズし始めた三人をなだめながらも谷底へ到着した。そこは先ほどまでの明るい森とは違い、薄暗くてジメジメとした場所だった。こんな場所に本当に活力草が生えているのか?
ラミュの話によると、谷底の日当たりのよい場所に生えているという話だった。しかし、どう見渡しても、そのような場所は見当たらなかった。
「日当たりのよい場所か。上から見れば分かるかも知れないな。フェイ、ちょっと見てきてもらえないか?」
「任せて欲しいのだわ!」
ピューっとフェイが天高く飛んで行った。こんなとき、妖精はとても役に立つな。浮遊魔法だと魔力を大量に消費してしまう。上を見上げていると、すぐにフェイが下りて来た。
頭上は樹木だらけだが、フェイはうまくそれをくぐり抜けているようだ。
「向こうにそれらしい場所があるのだわ」
フェイが指差す方向には、いくつもの反応がある。魔物がいるに違いない。シルフィーも俺と同じ反応を察知したようで、眉間にシワを寄せて、グッと目に力を入れて何かを見ていた。
「いるのは魔物か?」
「そうみたいね。中型の魔物みたい。群れで行動しているみたいね」
「厄介だな。なんとか一体ずつ退治したいところだな。取りあえず、近くまで行ってみることにしよう」
基本的に魔物は群れることはないのだが、ときどきこうして群れを作る魔物もいる。そのような魔物は、それぞれの個体が弱くても、危険な魔物として冒険者ギルドではランク付けされるのだ。
慎重に谷底を進んで行くと、少し開けた場所に出た。この場所がフェイが見つけた地点のようだ。ここまで通ってきた場所とは違い、明らかに色んな種類の草が生えているのが見える。
その向こうに、俺たちが感知した魔物がいた。
「何あれ?」
「ブルヘッドだな。数は五体か。一体なら大した相手ではないんだがな。五体だと、少し厳しいか?」
「これからあの場所で活力草を探すことを考えると、厳しいかも知れないわね。魔法も好き勝手には使えないし」
「ダイナマイトも無理そう。地面に穴が空いちゃう」
「さて、どうしたものか」
俺たちが考えていると、フッフッフッフと不気味な笑い声が聞こえてきた。
フェイだ。この感じ、間違いなく悪巧みを考えているに違いない。自然とみんなの視線がフェイに集まる。
「私にいい考えがあるのだわ」
実に悪そうな顔をしている。ここしばらくイタズラできなかったことの反動なのか、それとも新たに合体した、フェイの仲間からの影響を受けているのか。どちらなのかは分からないが、なんだかとても楽しそうではある。
「どうするの、イザーク? あの顔、絶対何か悪いこと考えているわよ」
心配そうな顔をしたリリラが俺を見上げた。シルフィーも同じ意見のようで、眉をひそめている。
どうしたものか。だが、今のところいい案はない。
「聞いてみるだけ聞いてみよう。もしかすると、妙案かも知れない」
「そう来なくっちゃ!」
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