第6話 里を救った英雄

 気がつくと、俺はベッドの上で横たわっていた。体には包帯が巻かれているようだ。いつの間にか身につけていた鎧が脱がされている。

 まさかあいつに一撃を加えたあとで気を失うとは思わなかった。だが、こうして生きているということは、エルフたちはあの魔物の軍勢を退けたのだろう。一応、任務完了だな。


「気がついたみたいね。おなかがすいているでしょう? 何せ、三日も眠っていたんだから」


 ベッドの横からシルフィリアが顔をのぞかせた。目の下に大きなクマがある。美しい顔が台無しである。どうやらあまり眠れていないようだ。そんなシルフィリアが俺のほほをサラリとなでた。温かくて柔らかい手である。


「そうか。心配をかけてしまったな。エルフの隠れ里は無事なんだろう?」

「あのね、少しは自分の心配をしなさい。ケガ人は出たけどみんな無事よ。イザークのあのとんでもない一撃のおかげで、色々と片がついたわ」

「色々と?」


 ずいぶんと含みのある一言だった。シルフィリアは苦笑しているみたいだったが、そこには安堵の色も読み取れる。悪くない結果になったなのだろう。俺が眠っている間に一体何が起きたのか。そう思っていると、シルフィリアの顔がゆっくりと近づいてきた。これってまさか。


「邪魔するぞ。おお、目を覚まされたか、英雄どの」


 長の声にシルフィリアがバッと離れた。何という間の悪いタイミング。もうちょっとで唇と唇が触れ合いそうだったのに。真っ赤になっているシルフィリアは置いておいて、長の方を向いた。どうやら一人のようだ。心配して見に来てくれたのかも知れない。

 それにしても英雄とは。山賊のような俺がもらう称号ではないな。


「三日も眠っていたようですね。迷惑をかけました。それから、俺には英雄よりも山賊の方が似合ってますよ」

「ホッホッホ、気にせんでも良い。それよりも山賊か。確かにそう見えるな。あ、シルフィリア、冗談だ。そんなににらむでない。里を救ってくれたのだ。英雄で間違いなかろう」


 シルフィリアを見るとばつが悪そうな顔をしていた。どうやら本当ににらんでいたみたいである。長相手にそんな顔をするなんて、なかなか度胸があるな。長は近くのイスに座った。


「さて、まずは何から話そうか。そうだな、一番気になっているであろう魔王の鎧を着ていた人物について話そう」

「魔王の鎧を身につけていたのはエルフですよね?」

「その通り。その昔、この里から出て行った男だ。その者は生まれながらに魔力がなくてな」


 驚いた。エルフ族でも魔力のない子供が生まれることがあるのか。人族では当たり前のことだが、エルフ族では稀なことなのだろう。俺の表情を見た長が、本当だと言わんばかりにうなずいた。


「エルフ族の中には時々、魔力を持たない子供が生まれる。だが、そのことを気にする者はあまりいない。魔法が使えないなら、その分、弓を鍛えれば良いだけだからな。だがその者は、自分だけが魔法を使えなかったことを許せなかったようだ」

「それで魔王の鎧を手に入れて、その力で自分の故郷を滅ぼそうとしたわけですか? 信じられませんね」


 自分勝手な理由である。そういうやつは人族の中にもたくさんいるが、エルフ族の中にもいるらしい。その邪悪な部分を魔王につけ込まれたのかも知れないな。あの場で倒せて良かった。


「我々も信じられなかった。そこで、魔王の鎧を徹底的に調べた。そしてどうやら、魔王の鎧には身につけた者の憎しみを増幅させる効果があることが分かったのだ」

「それじゃ、エルフの隠れ里を襲ったのはそれが原因だと?」

「すべての原因が魔王の鎧にあるとは言わない。だが要因の一つにはなっただろう」


 要因の一つ、か。他の要因は魔王から命令されたことだろう。まだ魔王は封印から解き放たれてはいないが、意思の疎通くらいはできるはずだ。長もそのことには気がついているのではないだろうか。


「この隠れ里は魔王軍に知られてしまった。里を放棄して国に戻るしかないだろう。このままだと、また新たな魔物の軍勢が差し向けられることになるだけだ。頼みであった森の守りも弱まってしまったからな」


 エルフの隠れ里は森を改良することで、その存在をこれまで隠し通していた。しかしどうやら、先の戦いで、あの魔王の鎧を着たエルフが破壊してしまったようだ。

 いや、ちょっと待てよ。確か物語の中で、主人公がすでに滅びたエルフの隠れ里を訪れるときには森の守りは機能していたはずだぞ。


「もしかしてイザークは覚えていないのかしら? あなたの一撃は森も一緒に破壊したのよ。そのときに森の守りがいくつも使えなくなったの。……その様子だと、あなたの体がちぎれそうになっていたことも覚えてないみたいね」

「ちぎれそうになっていた? 全然覚えていないぞ」

「それなら覚えていない方が良いわ。もう本当に大変だったんだから」


 シルフィリアが頭を振っている。どうやら忘れたい思い出のようである。渾身の一撃を放つためにちょっと体をひねりすぎたかな? そしてどうやら、あの一撃には飛ぶ斬撃が乗っていたようである。それが森の木を切り倒したのだろう。


「あー、それは申し訳ないことをしてしまったな……」

「気にする必要はない。おかげで国に戻る決意ができたからな。魔王復活の予兆があることを進言しなければならない」

「エルフの国があるのは知らなかったな」

「当然だ。この世界とは違う世界にあるからな」


 何だか良く分からんが、すごい場所にエルフの国はあるようだ。気になったので詳しく聞いてみると、どうやらエルフの国はこの世界に不干渉であることを貫いているらしい。そしてその道を外れ、この世界に干渉していたのがこのエルフの隠れ里だったそうである。


「国に戻れば何と言われるか分からんが、魔王が復活するとなれば、不干渉を続けるわけにもいくまい。この世界が終われば、次はあちらの世界を狙うだろうからな」


 どれもこれも、初めて聞く話である。まさかあの物語にこんな裏設定があるだなんて。ブラムには何としても魔王を討伐してもらわなければならないな。だがしかし、これでエルフ族は表舞台から消える。物語の通りではあるな。


「それじゃ、シルフィリアともここでお別れだな」

「え? どうして」


 キョトンとした表情になるシルフィリア。その表情は随分と幼く見えた。そういえば、シルフィリアは何歳なんだ? 見た目は二十歳前後の女性に見えるのだが、エルフ族は人族よりも寿命が長いはず。見た目で判断するのは危険だろう。


「イザークよ、一つ頼まれてくれないか? シルフィリアを一緒に連れて行ってもらいたい」

「……理由を聞かせてもらいたい」


 こんな美人と一緒に旅ができるのなら断る理由はない。シルフィリアもそのつもりのようだ。だが、他のエルフが国に戻るのに、シルフィリアだけがこちらに残るのは、それ相応の口実が必要だろう。そうでなければシルフィリアの家族も納得しないはずだ。


「我らエルフはもっと世界の情勢を知らなければならない。そのためにシルフィリアをこちらの世界にとどまらせることにした、と言うのが建前だ」

「本音は?」

「イザークよ、おぬし、シルフィリアに告白したそうだな。本人もそのつもりだぞ?」

「……」


 まさかあのときの発言がこんなことになるだなんて。確かに聞きようによっては”俺の女”発言に聞こえたかも知れない。チラリとシルフィリアを見る。真っ赤な顔でうつむいている。ここでダメだとは言えないだろう。俺は了承するしかなかった。

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