第7話 まさかの

 シルフィリアを俺に頼むと、長は部屋から出て行った。これから隠れ里の撤収作業があるのだ。忙しいのだろう。そんな中で俺に事の結末を話すためにわざわざ時間を作ってくれたのだ。感謝しかない。


「すぐに食事を持ってくるわ」

「いや、俺が移動しよう。体がどのくらい動くか知っておきたい」

「冒険者ってゆっくりベッドで寝ていられない人種なの?」

「そうかも知れないな。あ、でも、シルフィリアが一緒に寝てくれるなら、ベッドで大人しくしておこう」

「バカ」


 軽く頭をたたかれたが、シルフィリアの表情には柔らかい雰囲気が残っている。どうやら満更でもなかったようである。シルフィリアの手を借りて起き上がる。体のあちこちが悲鳴を上げているが、動けないほどではなかった。


「おかしいな。傷だけじゃなく、全身が痛いぞ」

「それは強化魔法を使ったあとの後遺症ね。魔法で無理やり筋力を高めるから、慣れるまでは全身筋肉痛になるのよ。初めてだったんでしょう?」

「まあな。だが、必殺の一撃を繰り出せるのなら問題ない」

「もうやらないからね」


 そう言ってシルフィリアがプイと顔を背けた。どうやら俺は相当ひどい状態になっていたようだ。ちぎれそうになっていたという声が頭の中に木霊した。……次はもう少し加減して体をひねることにしよう。


 連れて行かれた場所は居間のようである。木製の丸いテーブルが置かれており、それ以外にも木製の棚やイスが置かれている。テーブル席に座って待っていると、部屋の奥からシルフィリアがスープを運んで来た。どうやら向こうはキッチンのようである。


 運ばれて来たのは黄金色のスープなのだが、具材は入っていないようだ。いや、違うな。とても良い匂いがする。具材はこのスープの中に溶け込んでいるに違いない。


 スプーンを受け取り一口飲んだ。その瞬間、体が喜んでいるのが分かった。全身に栄養が行き渡る感触。おなかがすいていたこともあるだろう。だが、このスープは腹が満たされた状態でもおいしいと断言できる。


「うまいな、このスープ。シルフィリアが作ったのか?」

「あーえっと……」

「ほら、ちゃんと答えてあげないとダメよ」


 奥からシルフィリアにそっくりな人物が現れた。違いがあるとすれば、その人物がシルフィリアよりも目が垂れているところだろうか。シルフィリアよりもおっとりとした印象を受けた。姉か、妹か、それとも双子か。


「お母様、こっちに来ちゃダメだって言ったじゃないですか!」

「あらあら~恥ずかしがっちゃって~」


 まさかの母親だった。さすがはエルフ族。見た目が若いってレベルじゃねぇぞ。まるで年を取っていない。人族が憧れるのも仕方がないというものだ。シルフィリアが不満そうにしているが、そんなことお構いなしにシルフィリアの母親は俺の前へと座った。


「なるほどね~、良く見ると男前じゃない」

「お母様!」


 何とかどこかへ追いやろうと頑張っていたが、母親には強く出ることができないようである。動かない母親に四苦八苦していた。マイペースそうな母親だな。俺が二人を観察していることに気がついたのだろう。こちらを見た母親がニンマリとしている。


「そのスープは私が作ったのよ。おいしい?」

「ええ、とてもおいしいです」

「そう。良かったわ~。だれに似たのか、シルフィーは料理が下手なのよね~。あなたもシルフィーの手料理を食べるときは気をつけてね」

「お・か・あ・さ・ま!」


 シルフィリアの目がつり上がった。そしてまさかのメシマズ宣言。それを聞いてどんな顔をすれば良いのか分からなかった俺は曖昧な笑顔をしておいた。まさかそれを言うためにここへやって来たのか? そうなると、シルフィリアの料理の腕は相当ひどいということになる。用心しておいた方が良さそうだ。


「だからあれほど料理の練習をしなさいと言ったのよ。それなのにあなたは”料理なんて作る機会がない”の一点張りで……ムグッ」


 シルフィリアが慌てて母親の口を塞いだ。だがちょっと遅かったようである。まさかシルフィリアにそんな裏事情があったとは。作る機会がないということは、家から出るつもりはなかったということなのだろう。


「あー、料理だったら俺も多少は作れますし、人族の料理には保存食もありますので、その辺りは問題ないかと思います」

「あら、そうなの? 良かったわねシルフィー。理解力のある旦那様で」

「ちょっと!」


 ついにシルフィリアが母親を締め上げ始めた。まずい、これは止めなければいけないやつだ。俺は姿勢を正して母親へと向き直った。二人の動きが止まる。


「ご存じとは思いますが、シルフィリアと一緒に旅をすることになりました。苦労することもあると思いますが、必ず俺が守ります。だから安心して下さい」

「心配なんてしていないわ。だってイザークくんはすでにそれを証明してくれているんですもの。隠れ里を救ってくれてありがとう。里のみんなが感謝してるわ」


 ほんのりと柔らかく笑った。シルフィリアは手を止めて母親の後ろで立ち尽くしている。これで一応、母親からの許可をもらったということになるだろう。将来どうなるのかは分からないが、シルフィリアと別れるその日まで、今日この日の約束を守り通すつもりだ。


 黄金色のスープを飲む。隠れ里を出る前に、このスープの作り方を習っておかなければならないな。


 それから三日が過ぎた。シルフィリアとのリハビリのおかげで、俺の体もようやく動くようになっている。隠れ里の撤収準備は着々と進んでいるようであり、里の中は荷物が詰まった木箱であふれかえっていた。


「そろそろ隠れ里を出ようかと思っている。ここを出て、西の鉱山へ向かう」

「例の古代遺跡がある場所ね。まだドワーフ族はいるのかしら?」

「どうした、気が進まないのか?」


 シルフィリアが腕を組んで、難しい顔をして考え込んでいる。物語ではエルフ族もドワーフ族もすでに滅んだ種族として語られており、表舞台に出て来ることはなかった。そのため、各種族の詳しい事情までは分からない。だがこの感じだと、苦手、もしくは、嫌いのようである。


「イザークは知らないのかも知れないけど、エルフ族とドワーフ族の関係はあまり良くないのよ。理由は……ドワーフ族を実際に見れば分かるわ」

「大体の事情は察したぞ。ドワーフ族と言えば、穴掘りの達人だ。汚れているんだろう?」


 無言でシルフィリアがうなずいた。美しさに多くのパラメーターを振っているエルフ族にとって、それとは真逆の位置にいるドワーフ族は好ましいとは思えないのだろう。そうなると、逆もまたしかり。ドワーフ族もエルフ族のことを高嶺の花だと思って嫌っているかも知れない。先が思いやられるな。


「それじゃ、近くまでたどり着いたらシルフィリアはそこで待っていてくれ。俺が一人で調べて来るよ」

「……ついて行くわ」

「いや、無理しなくても……」

「ついて行く。私の勘がついて行けって言っているわ」


 どうやら俺はまだシルフィリアから信頼されていないみたいだ。この三日間でかなり仲良くなれたと思っていたんだけどな。

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