五、

 僕は警察に全てを打ち明けた。


 父を止められなかったこと。

 自分が着く前に爆破されてしまっていたこと。


 僕を拘束していた警察官は静かに頷き、無実ということで解放してくれた。



 それにしても──


 僕は家路につきながらぼんやりと夜空を見上げる。


 どうして父に辿り着くまでに五年もかかったのだろう。


 事件の直後に父に事情聴取を行うのが一番妥当だったろうに。あの調子なら、父はきっと警察が来た時点で自首していたはずだ。


 あの事件で生き残ったのは父ただひとりだったのだから──


 どくん、と心臓に何かが突き刺さった。僕ははっとして立ち止まる。


 ──なぜ、父は生き残れたのだろう……?


 突発的に浮かんだ疑問が頭の中を反響した。走馬灯のように、断片的な映像が一気に流れ込む。


 青い街灯の灯り。

 雨で泥と化した地面。

 手袋をはめた自分の手。

 夜闇に煌々と燃え盛る、真っ赤な夕焼けのような炎──


 その記憶の中に、僕の父はいたのだろうか……?

 本当に、あれは父がやったことだったのだろうか……?


 僕は震える手を見つめ、嗚咽混じりの白息を漏らした。


「そんなはず……」


 あの日、僕は何をしていた?


 あの日は仕事なんてなかった。

 あの事件で入院したのは僕だった。

 父の幸せを奪ったのも、たくさんの人の全てを奪ったのも、全部全部、僕が──



「たっくん」


 聞きたくない声がして、僕はさっと耳を塞いだ。


「たっくん」


 テンはくすんだエメラルドで僕を冷ややかに見つめる。


「……」


 世界が揺れる。まるであの爆発の地響きのようだ。


 弾丸のような雨が僕の頬を伝い、雷鳴のような耳鳴りが響き渡る。


「どうしてあんなことしたの」


 生気のない灰色猫は僕に鋭く爪を立てる。感情のない瞳の奥にはっきりとした殺意が浮かんでいる。


 僕は喉から掠れた声を漏らしながら、流れる赤から目を逸らした。逸らせば逸らすほど、抗えない苦痛が僕を支配する。


「ねえ、」


 その言葉の続きはなかった。僕に取り憑く後悔は身体中に絡みついて僕の動きを封じ、僕を破壊していった。


 僕が全てやった。

 僕が全てを奪った。

 僕が、父の幸せも、みんなの幸せも、僕自身の幸せも、崩してしまった。



 揺れる炎と、降り続ける雨。


 目を開けると、そこには僕の恋人が立っていた。

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