十一、

 翌朝、テンと僕は公園だった場所に訪れた。


 そこには相変わらず僕らの公園はなく、この前よりも背の高くなった空間がただただそこに佇んでいる。それに加え、木材の匂い、金属の匂い、新しい何かの匂いが辺り一面を覆っていた。


 すっかり変わってしまった景色を、ふたりで見つめる。


 それにしても、本当に不思議だ。今までテンと毎日会っていた場所が一瞬にして工事現場に変わるなんて。今まで信じてこなかったが、魔法というものは本当に存在するのかもしれない。


 そう思ってしまうほどに不思議な体験をした。


 にゃあ。


 テンは骨組みだけの建物なんて気にせずに、僕の腕から地面に飛び降りた。さすが猫、しなやかに着地し、足音のないまま僕の足元に座る。まるで、建設工事が行われていることを予測していたようだった。


 ふと、頭上に広がる空を見上げる。


 数日前までとは打って変わって、最近はからっとした冬晴れが続いている。それでも冬の凍てつく空気は一向に暖かくならず、まだまだ春は遠いようだ。


「石川さん?」


 突然名前を呼ばれて、はっと振り返る。それが誰だか分かった途端、ああ、と声が漏れた。


「坂田先生」


 坂田先生はにこりと微笑み、僕に軽く手を振る。そして、僕の足元のテンに気がつくと、さらに笑顔になってテンにも手を振った。


「その猫がテンですか?」


坂田先生がこちらに歩いてきながら言う。僕ははい、とうなずき、テンをもう一度持ち上げた。


「坂田先生は、なぜこちらに?」


テンの頭を優しく撫でる先生に聞く。


「ちょっと石川さんに用事がありまして」


先生はテンの顎を掻きながら重そうに口を開いた。僕の心に不安が膨れ上がる。


「──如月 英樹ひできという男性が、うちの病院に転院して来たんです」


 名前を聞いた瞬間、心臓が飛び跳ねた。

 その様子を見て、坂田先生はゆっくり、慎重に言葉を続ける。


「その男性が昨夜、夢にうなされていたようで。名前を呼んでいたんです、ずっと」


 先生はそこで一度ためらうように口をつぐんだ。その後に続く言葉は、言われずともわかってしまう。


「……辰治、辰治って」


坂田先生は僕の様子を伺うように目線を僕に落とした。テンは不思議そうに僕の顔を見上げた。


 僕はその人を知っている。


 僕の大切を奪った人。

 僕の幸せを奪った人。

 僕の全てを奪った人。


「あの方って……」


 坂田先生が答えを促すように口を開く。

 僕はふう、と息を吐いてそっと口角を上げる。



「……はい。その人は、僕の父親です」

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