七、
家に帰る前に、僕は公園に立ち寄った。
公園に向かう道を歩いたところで、その異変に気がつく。
アスファルトの地面に落ちる黒い影。
新しい素材の匂い。
そこに僕の好きな場所はなかった。
僕が毎日通っていた公園の面影はそこになく、ただ単調な人工物がすました顔で並んでいる。まるで僕を冷たく睨んでいるようだった。
当然、テンの姿はここにない。冷えた曇りの空の下、僕はまた独りぼっちだ。
ぱっとしない気分のまま、影のない地面を見つめながら歩き出す。
テンと過ごした日々は、ただの幻だ。
僕はずっと夢を見ていたのかもしれない。ただの夢なのにこんなに胸を痛めるなんて。僕は馬鹿だ。
────にゃあ……
どこからか声がして、反射的に目を走らせた。道端に、赤茶色の混じった毛の塊が落ちている。
──……
その塊から、命を感じ取る。僕は急いでそれに駆け寄る。
「テン!」
その物体は身動きひとつしなかった。冷たい汗が額を濡らす。
そっと手を触れると、温かい感触がした。身体が小さく小刻みに震えている。
「テン……?」
僕がそっと声を掛けると、テンは首を僅かに動かし、目を開けた。音のない声が開いた口から溢れ出る。
何をすべきなのか何もわからなかった。
頭が真っ白になったまま、どきどきと波打つ腕でテンを持ち上げる。とりあえず自分の側におかなくてはという謎の気持ちがふつふつと湧いて、僕はテンを抱いて走っていた。
テンの体温とは裏腹に、辺りの空気はとてつもなく冷たい。頬や鼻先は一瞬にして赤くなった。その風に触れさせまいとコートでテンを包む。
部屋の玄関を開け、急いで毛布にテンを
牛乳をテンの目の前に置くと、テンは急に元気を取り戻したかのように舌を動かした。その様子を、僕はしっかりと見下ろす。
テンはどこも怪我していないように見えた。どうやら、テンのこの毛についている茶色いものは、僕のものらしい。
飲み終わったらすぐに洗い流してあげようと桶にお湯を溜めた。
にゃーあ。
テンが僕を嬉しそうに見上げる。さっきまでの弱々しい姿は薄暗い部屋に溶けていった。テンは軽やかに僕に駆け寄り、頬を擦り付ける。
ふわふわの毛に触れようとしたとき、あることに気がつく。
このアパートはペット禁止だ。
さっきはそれすらも考えられなかった。しかし、一度拾ったものを戻すという行為も世の中は認めていないということも知っている。
どうしたものかとテンを見下ろすが、その小首をかしげる姿にやられ、つい手を伸ばしてしまった。
仕方がない。大家さんに正直に話すしかないだろう。
新しい場所に目を輝かせているテンを持ち上げ、桶に入れる。僕の血液は、すぐに落とすことができた。綺麗な灰色の毛が姿を現す。濡れて
タオルでテンの身体を拭いていると、玄関の外で人の気配を感じた。
どきんと心臓が跳ね上がる。血の気が一気に引いていき、視界がどくどくとぼやけた。
にゃあ。
テンが陽気に鳴いている。
僕は震える脚でゆっくりと立ち上がった。
インターホンが僕に追い打ちをかけるように鳴り響いた。
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