三、

 雨の音が聞こえる。


 これは夢か……? 


 また、前みたいにあの時の記憶が蘇っているだけなのかもしれない。


 しかし、それにしてはやけにリアルだ。


 ──たっくん!


 苦しそうな声が聞こえる。

 辺りにオレンジ色の火の手が上がる。


 ──助けて!


 大好きな声が、恐怖の色に染まっている。


 助けなきゃ。


 そう思うのに、足が地面に張り付いて動かない。


 ──たっくん……!


 声が遠のく。


 駄目だ。行かないでくれ。

 また、僕を独りぼっちにするつもりか? 


 嫌だ。


 まだ、もっと、ずっと、一緒にいたかった。


 ──……。


 炎が彼女の声を包み込む。悲鳴のような音を最後に、辺りは、今の出来事をなかったことにするような静寂に包まれる。


 再び僕は独りになる。

 真っ暗な世界に、金属の音が遠くの方で静かに響いている。




「美咲……!」


自分の声ではっと目が覚めた。


 ひどい夢を見ていた気がする。心臓がどくどくと波打ち、その振動が身体中を支配していた。


 雨の音が聞こえる。


 これは夢、だよな……?


 どうしようもないくらいの不安で冷静な判断ができない。くらくらと脳内がぼやける。

 夢なのか現実なのか分からない世界で、僕は相変わらず独りぼっちだった。


 びゅうう、と風の吹く音が窓に打ち付けられる。それと同時に、大きな雨粒が窓を勢い良く叩き付けた。

 どうやら、これは夢ではないらしい。

 明確な理由はないが、そんな気がする。


 そう考えている間も、空は怒り狂ったように雨を降らし、それに感化された風が窓を大きく揺さぶっていた。


 しばらくじっとそこに座り込んだ。今回は前みたいに恐怖を感じることはなかった。


 不思議だ。


 耳を澄ませると、固い雨の音が鼓膜に響く。


 その時、アパートが揺れるほどの突風が吹き荒れた。ふっと、エアコンの音が消える。また停電だ。


 まったく、ここらへんの電力はどうなってるんだ。


 悪態をつきながら、暗闇に慣れるように目をしばたたかせる。



 ──たっくん。


 声がして、瞬発的に振り返る。


 やはりこれは夢なのか……?


 ──たっくん。


 どんなに目を凝らしてみても、そこに美咲はいない。


 ──助けて。


 夢で聞いたようなセリフに、思わず固まる。


 ──助けて。


 暗闇の中で何かが光る。

 僅かな輝きで、一瞬だったが、僕にはその正体が分かる。


 ──助けて、たっくん……。



 僕はばっと立ち上がり、立ちくらみでよろめきながら倒れ込むように傘を掴んだ。

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