最終話

 そっと立ち上がり、重力に身を任せるようにしてベンチに腰掛ける。ココアはすでに冷めてしまっていた。


 大きく息を吸って、澄み渡る天を仰ぐ。まだ昇りきっていない朝陽が少し湿った空気に溶け込んでいる。


 さて、行動に移さなくては。


 そうは思うものの、まだここにいたいという思いがなかなか僕を動かさない。


 粉っぽい甘さをしっかりと喉の奥に流し込み、薄い息を白む朝空に紛れさせる。生まれたばかりの太陽の光は思ったよりも暖かかった。


 『幸せって、何処にあるんだろうね?』──


 ふと、以前の質問を思い出す。


 この問に答えはない。


 答えはないけど、なんとなく、答えのような“何か”が解ったような気がした。


 そばにいてくれた様々な人たち。

 様々な出会い。

 君と見た景色。


 僕の大切な宝物。


 思い返せば、全てが僕の大事な大事な思い出であり、宝物だった。この僕の大切な宝物たちを、最期の最後まで大切にしていきたい。


 温もりの消えた膝を思い切り伸ばし、すっくと立ち上がった。そろそろ時間だ。


 ココアの空き缶をゴミ箱に投げ入れ、僕はゆっくりと歩き出す。一歩一歩、確実に。


 公園を出たところで、目線の先まで伸びる黒い影に振り返った。


 思い出の公園など跡形もなく、いつの間に形になった建物が僕の行動を見張るようにじっと見下ろしている。


 僕は再び前を向き、公園の跡に背を向けた。君と出会ったその場所に、ほどけない未練はもうない。


 ──たっくん、笑って?


 君の隣を歩いている気分だ。


 君に対して自信を持てるように、向こうで素直に笑えるように、

 僕は僕の使命を果たす。


 思わずふっと笑いを溢した。まるでどこかの物語のヒーローみたいだ。


 とんでもないくらいクズだけど。

 何の役にも立たないモブだけど。


 僕もヒーローになれるだろうか。


 どきどきと心地よい緊張が波打つ。朝陽が僕の鼻面を照らす。


 空を見上げると、凍てつく冬の空気に暖かい春の匂いを見つけた気がした。





 ─Special Thanks!!─

 応援してくださった皆様、

 ここまで読んでくださった皆様、

 アイディアをくれた野良猫のメイちゃん、 

 全ての方々に感謝を込めて。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

君と探すこの上ない幸せ 夜梟 @yokyo_1267

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ