君と探すこの上ない幸せ

夜梟

プロローグ

 今日が終われば明日がくる。

 明日がくればまた憂鬱が始まる。

 憂鬱は止まらない。

 止まることを知らずに、どんどん加速する。


 ──明日が怖い。


 そう思い始めたのはいつからだっただろう。

 いつから、僕はこんなに落ちこぼれてしまったんだろうか。


 ずっと同じ画面だったスマホの電源を消し、ため息を吐きながら天井を仰いだ。真っ暗な天井に、カーテンから溢れた光がべったりと塗られている。そこから目を逸らすように目を瞑り、また大きくため息を吐いた。


 朝だ。

 また一日が始まった。


 瞼をこじ開け、気怠く立ち上がってそのままぼうっと壁を見つめる。何もしていないからか、お腹すらも空いていない。そう分かった瞬間、また膝から崩れ落ちるように座り込んだ。冬の朝の冷たい空気が頬を刺して、傍らにあった布団を肩まで掛ける。ずっと布団の中にいたから、この部屋がこんなにも冷えていたことに気が付かなかったのだ。しかし、エアコンを点ける気力はない。結局布団の中で今日も過ごすのだから、必要もないだろう。


 この前夏だった気がするのに、もう世の中は冬になってしまった。時が経つのは本当に早い。夏を思い浮かべながら、今年のは散々だったな、と苦笑する。今のようにエアコンを点けることもなく、窓を開けることもしなかったため、正直死にかけていたのだ。しかし大家さんがたまたま様子を見に来てくれて、僕を助けてくれたことで死は免れた。


 大家さん、という言葉が頭に浮かんで、意識的に机の上の封筒に目が移る。乱雑に置かれた茶色や白の封筒。全て大家さんが送ってきたものであり、家賃をさっさと払えといった旨が書かれた手紙だ。もう何年もこの部屋の家賃を払っていない。それでもここを追い出さないでくれるのは、コワモテ大家さんの見せる優しさだろう。


 石川 辰治たつじ、三十三歳、ニート。

 この部屋に越す前までは母親と妹の三人だけで暮らしていた。しかし、その家族からの連絡も、去年の秋からすっかり途絶えてしまっている。誰かから連絡がくることも、僕からすることもないのでスマホの連絡アプリもずっと開かれていないままだ。


 スマホを手に取り、画面をつける。もう八時だ。カーテンの隙間から溢れた朝日から逃れるように布団を頭までかぶり、目をつむる。今日はもう寝てしまおうか。しかし、夜もずっと起きていたのに全く眠気は襲ってこない。何もする必要はないのに、何もしないのも退屈だ。布団から這い出て床に置いてあったノートパソコンを手繰り寄せる。気晴らしにゲームでもしようと考え、最近インストールしたアクションゲームを立ち上げた。だが、そう思ったのも束の間、すぐにやる気がなくなってパソコンをぱたんと閉じてしまう。


 大きく長くため息を吐き、僕はベッドに勢い良く寄りかかった。マットレスによって身体が僅かに跳ね返る。ここに越してきたときに買ったこのベッドも、今ではもう物置き場所と化していた。


 仕方がないのでスマホの電源をまた入れ、ニュースサイトを開き、ずらりと並ぶニュースを流すようにスクロールしていった。外に出ないから分からないが、こうして世の中では様々なことが起きている。それらをいつも僕は無感情のままに眺める。


 事故、殺人事件、芸能人の不祥事……。

 次々と流れるニュース記事を目で追いながら、ふと一つの記事に目が留まる。


 『如月製鉄工場爆発事件 未だ犯人見つからず』


 この事件は、今から五年も前の事件だ。五年も経っているというのに、まだ捜索してるのか。ニュース記事を読みながら、僕は工場を思い浮かべる。しかし、途中で馬鹿らしくなって、またサイトを閉じてしまった。


 ふう、と息を吐いて、ベッドに寄りかかったまま目をつむる。今日は何をしようか。そう考えているうちに、意識はずっと遠くの方に引き込まれていった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る