第39話 静寂の星花

 石段を登ると背後に滝口がみえ、落ち口から幾重にも分岐して、水が生き物のように流れ落ちている。瀑布から流れてきた飛沫が私の全身を濡らす。肌寒さは石畳に転がる亡骸を見て寒気に変わる。


 巨岩の上では聖女アリシアは魔人に惨殺されていた。従者や召喚獣は討ち取られ無残な姿をさらし、この惨劇を起こした二人の魔人は遺体を滝壺に蹴落としている。


 私は聖女アリシアの剣、異世界召喚者のアルター・プラネの願いを聞き入れ魔人と対峙する。


 獣の姿をした高位の存在を前にして私は自虐的に笑う。



 いつまで経っても人は変われない、弱くても正義感だけは英雄並み。

 愚か以外の何物でもない。



 ああぁ、わかってるけど止められないのよ!!!



「私はカーラ・エレーンプロックス! 祖先である英雄エバートの名にかけてお前たちを討伐する!」


 獣は大笑いしながら戦闘態勢に入る。


「わしは魔の森の守護者。グルド・オブ・ザ・ビースト名はティンバーレス! 参る!!」

「同じく、あたいはレディー・ミリアネパッススのアッテンナ! 覚悟しなさい!!」


 確か禿山で遭遇した二人の魔人たち、あの時よりも禍々しい姿にアップグレード。

 なぜ獣なのかは問わない。


 さて、挨拶は大切ね。


「はるばる遠方からご苦労様! 貴方達の死に場所はここだけどね」


 私たちかもしれないけど!


「ガハハハ! 聖女との余興は楽しめたが。待ちくたびれたぞ」

「悪趣味ね。かかってきなさい!」

「それでは死ぬのがどちらになるか、やり合おうではないか」


 魔人ティンバーレスの口から火炎が放射されエリシャは土防壁を作るが爆散してしまう。エリシャは辛うじて回避していた。スキリアは距離をとって出方を窺っている。


 さっきの攻撃はまるで火炎放射器じゃない。


 魔人アッテンナは余裕の表情でビエレッテとオスカー君を同時に相手している。素手で戦う武闘僧侶のスタイルだ。どう見てもアッテンナが有利に戦闘を進めていった。


 私はメトリックにもらった新たなロングソードを構える。


 魔人は取り巻きから倒す作戦のようで、わかっていても私が攻撃に参加することはできない。

 下手に突っ込んでも邪魔にしかならないから。


 魔人アッテンナが二人に向かいスキルを発動、波動撃のたった一撃で二人は吹き飛ばされる。

 どうにか巨石台からは落ちていない。


 死んではなさそうだが戦闘不能になる。


 これヤバくない?



 双子は私を視野に入れながら魔人ティンバーレスと攻防を繰り広げている。双方互角で双子が私を守るのは無理だ。こちらに加勢するのは魔人アッテンナ相手より無理がある。


 私は魔人アッテンナに向かって攻撃範囲まで前に出た。横から召喚者アルター・プラネが私を守るように並走している。


 アルター・プラネは魔法タイプのようで走りながら雷撃を連射する。魔人アッテンナは軽くスタンするがすぐ復帰して、楽しんでいるかのように波動攻撃を繰り出していた。


 アルター・プラネと魔人アッテンナはどちらも有効な攻撃法がなく、激しく位置取りを変えては攻撃を放ち、戦闘は遠距離攻撃になっている。魔人アッテンナは遠近両用の戦闘スタイルだ。


 私は何もできない。

 威勢がいいだけじゃない。


 私が焦っていると魔人ティンバーレスがハルバードを合成してスキリアを石突で突き飛ばした。

 あっ。

 スキリアが転がり巨石台から落ちる。


 私が間抜けな表情をしていると、獣魔人ティンバーレスがスキル移動で私の前に。

 あぁ、轟音と共にハルバードが振るわれた。


 剣を構えて防御姿勢をとる。

 エリシャが石壁を設置しながら私を引き込んだ。間一髪で攻撃を回避。


 魔人ティンバーレスは炎を吐いてはハルバードで攻撃、エリシャを追いかけはじめた。

 スキリアがいないから押されている。


 アルター・プラネと魔人アッテンナは接戦で、私を助けにに来ることはできない。

 彼でさえ倒せない魔人たち。


 私に何ができるの。精霊の力?

 どうやって発動するのよ。


『約定の開放されるときは近い。恐れるな人の子よ』


 そんなこと言っても私に何ができるというの……。


 現状、双子は私を守ることはできない。ビエレッテとオスカーは蹴散らされて戦力外、死んではいないが戦えない。アルター・プラネと魔人アッテンナは互角で余裕はない。


 魔人ティンバーレスはエリシャを翻弄している。攻撃のスピードと重さが違う。

 ハルバードを重さを感じさせないほど見事に振りぬき切り返す。

 切りかかる度に轟音が響く。


 エリシャは巨石台の端に追い詰められ、逃げ場を失い躊躇した。見逃すはずもなく魔人は隙をつきエリシャを床に叩きつけた。

 魔人ティンバーレスは満面の笑みでハルバードを振り上げる。


 今度は私が!


「させてたまるかぁぁぁ!」


 無我夢中で魔人ティンバーレスに切りかかる。動いたことで冷静になった。

 無謀だと頭の中で何者かが叫んでる。


「わかってるよ! そんなこと、私が一番知っている。私は最弱のカーラだから!!」

「ハハハハ! 威勢がいいな。これでもくらえ」


 私は飛ばされ何をされたのかわからないほど全身ボロボロになる。何が起きたの。

 わからない。


「最弱でもいい。私がみんなを守るのよ。決して挫けない!」


 私はふらつく足で魔人ティンバーレスに駆け寄っていく。石突の攻撃がくる。

 あ……。眼前に火花が散った。

 激痛で目が見えない。


 床を転がってるのはわかる。怪我したのか五体満足かさえわからない。

 あぁ、落下する。


 私は巨石台から転落したのだ。

 滝つぼに落ちてしまう。


 衝撃で意識が飛んだ……。




『我が腕に抱かれよ。さればエレーンプロックスの約定は果たされる』


 手放した意識が戻る。巨大化した水龍が私を見守り、ソフィーが底を指さしている。

 貴方達が助けてくれたのね。

 ありがとう。


 底まで沈んだ時、眼前に指輪が見えた。まるで私を待っていたかのように。

 誘われるように指輪を着ける。


『時は至れり』


 黒い靄が散り、私に記憶が流れ込む。これはエバートの記憶なの?

 気泡が私に纏わりつき押し上げる。


 水中で胎児のような姿勢をとり、水面方向に輝きを感じ取る。

 降りてくる。


 白い球が私目指して舞い降りてくる。

 丸まった身体を水面方向に伸ばす。

 誘われるように。


 私は掌をかざして球を受け止めた。それに呼応するように球は爆発して水中は光に満たされる。


 煌めく泡、水流はやがて渦となり、私の身体は浮き上がる。



 私はすべての記憶を取り戻した。そして、魔女ミンジーとジャーの呪いも解ける。


 髪は輝ける金髪に、貧相な体が随分と立派に変わっている。服が……無理ね。

 もう別人。


 私は顔を上げる。もう、魔女たちの傀儡にはならない。

 妨害したことを後悔させてやる。


 魔女たちの手先は平等に排除してやる。



 私は水面に飛び出し勢いのまま水上を走り、魔力を体に覆いながら風のように駆け登る。石段など無視して巨岩の上に降り立つ。


 異変を察知した魔人達とアルター・プラネは戦闘を止める。



 私は記憶を呼び起こす。つるぎの召喚!




「失われし聖剣エストフローネ! その残影よ!! 今ここに出でよ!」


 私の胸から白い光が天に立ち昇る。


 私の手は無意識に天を掴むように、できるだけ高く精いっぱい伸ばす。

 手首の白百合のバングルが解けて、指先で白き月夜の星になる。

 やがて星は開きかけの白百合にかわり、百合は開きながら天に向かい剣となる。


 私の手には一振りの白剣、月光のように静かな光を投げかけている。



 それは静寂の星花、聖剣エストフローネ。



 力が体にみなぎってくる。

 私のものではないような感覚。

 私を全能感が満たし、白金色の微粒子が私の体を覆いつくす。


 獣魔人たちは怯えて私を直視できない。唸って後ずさるだけ。

 私は前に出る。


「死せる聖女へのはなむけ、地に横たわる者へのレクイエム! 咲き誇れ浄化の白花」


 私は腕を上げて、剣を天頂に向けて構える。そして、振り下ろして、払いを入れた。


 硬直した二つの黒い影を、抵抗感などまるでなく綺麗に分断した。

 プリンにスプーンを通すよりも軽く。

 射程など無視して。


 一連の動作を目の当たりにして、アルター・プラネが目を見張る。


「いまここに、闇のものを連れてお行きなさい!」


 私は恋人に語りかけるように心の底から声を出す。


「エストフローネ!!!」


 光が新星のようにあたりを覆いつくし消え去った。

 私の手には何も残らない。

 もちろん獣魔人など初めから存在しなかったように消え失せていた。

 聖女たちも浄化されたのだろう。

 花弁だけが落ちている。



 アルター・プラネがひざまづく。


「……ありがとう。何もできなかったけれど君の横に並び立てたことを光栄に思う」

「そんなことないわ。私が燃え上がれたのは貴方のおかげ」

「そうかい?」

「そうよ!」

「まあ、そういうことにしておこうか。それでは、最果ての地で主の記憶とともに君たちの健闘を祈ろう」


 召喚者アルター・プラネが青い炎を巻き上げながら帰還していく。

 感傷的になった私は消え去る炎に手を伸ばす。


「暖かい」


 掌には見たことのない青い宝石の指輪が残る。


「ありがたく使わせてもらうわ。アルター様」


 空を見上げると白い雲が二つ、幸せそうに仲良く流れていく。



 私は仲間の無事を確認する。

 スキリアは水浸し、エリシャは恥ずかしそうに上目遣い。オスカー君は疲れ果て、ビエレッテは発情中。サイズの合わなくなった私の服が水着みたいだからね。


「婆やのお家に戻って御飯にしましょう。あなた達」


 振り向いて地面を見る。私たちは亡くなると忘れ去られるだけ。

 寂しいものね。


 あぁ、生きた証を残したい。私の足跡。私の生き様を。


 思い悩んでもね……さて、お家に帰ろ。



 これで終わりじゃないしね。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る