第13話 守護者は妖精さん
黒くて巨大なイノシシがもがき苦しみながら私を目指して突進してくる。私は腰を落として剣先を前に突き出し敵を待つ。
あぁぁ、硬直して避けられない。棒立ちになったぁぁぁ。
しかし、予想に反して私の目の前で力尽き横たわる大猪。
スキリアの攻撃で瀕死のようだ。
私はそれを見て恐怖が吹き飛び、嘲笑い自慢げに挑発する。
「エルダー・ポイズンボア! あなたとその子供たちが破壊した大自然。それがいつ元に戻るか知ってるの?」
「きっと知らないわよね。でもいいこと! 二度とできないように私がするから」
「さあ、異界に帰りなさいエルダー・ポイズンボア! 安らかにお眠り!」
私は猪の急所を剣で的確に貫いた。なぜ知っていたのか不思議でしかない。
すると地面に生える苔が伸びはじめ、粘菌の胞子が飛びかい、シダは芽を伸ばし若葉は舞い踊る。
飛び交うもので辺りは覆いつくされていく。
そして風が巻き起こり竜巻になった。
視野に入るのは一面の緑。
緑の聖域に取り込まれたことに驚愕する。ここには私のほかに誰もいない。
私は胸騒ぎで息が止まりそうになる。予知のような確信を得て静かに待つことにした。
今は力を抜き待つべきだ。
心当たりも根拠も一切ないが、何者かがこちらに来ると感じる。
見上げると緑のクリスタルが天空から落ちてくる。
私の前に立つのは緑色の小柄な乙女。
長い髪には葉っぱがところどころのぞき、スレンダーな体を木の葉が覆い隠す。
『私の依り代である神宿る古木を救っていただきありがとうございます』
「あなたは誰?」
『私は芽生えの精モ・トーベスタ。あなたを守護いたしましょう』
その言葉と共に私の体に若葉がなだれ込む。
それは一瞬の出来事。
目を見開くと密林の中。
元の世界に戻された。
時間など経過してなかったようにエルダー・ポイズンボアを刺し貫いたままだ。
「姫様、討伐対象ではないけど魔獣だよ」
「そうね……でも、退治したことで、森が救われたと思いたいね」
「これだけ大きいと食欲がすごくて、森が消滅することもあるってきくよ」
私は剣を抜いて解体は少女たちに任せた。
討伐対象の魔獣はエルダー・ポイズンボアの血の匂いに引き寄せられたのか大集合。
エリシャが落とし穴で串刺しにして依頼“森を荒らす魔獣討伐”は完了した。
今までの経緯から確信したこと、それは討伐依頼の対象はまったく重要じゃないってこと。
世界を守る心構えを試されている感じがする。
無心に歩いていると深い森からいきなり視界が開けて川のせせらぎが聞こえてくる。本来なら明るい日差しが射すべきなのに、予想に反して暗闇が増していく。
昼なのに深夜のように真っ暗で沢の音だけが反復するように響き渡る。
闇に慣れてくると、深夜なのにおぼろげな明かり。
そこにはあるのは、この世ならざる景色。
揺れ煌めく、虹の水脈。
目を凝らすと虹の道となり私たちは異界に紛れ込む。
行く手に黒い霧が立ち込めている。
深い湿気を帯びた霧、湿気は雫となり私の服は肌に張りつく。
後方から風の音。私は髪を押さえて振り返る。
風が吹き抜け、私も前方に視線を戻す。
風が霧を運び去ると……眼前には深い青緑の渕。
泉でもなく池でもない。
川でもないのに渕のようなものが存在して水面には渦が巻いている。
渕を覗き込むと暗緑色の水龍と薄っすら青い肌の少女が対峙している。
龍は少女の体を前足で切り刻む。青い鮮血が水に広がっていく。
何かを守っているのか少女は防戦しかしていない。
「姫様、おとなしい水龍がおかしい。人を襲うことはないのに」
「決めた! あの少女を助ける。悪いけど龍を弱体化できる?」
「やってみる……」
なんとなく返事からすると倒すほうが楽そうな感じね。
弱体化って言ったけど手加減できるとも限らないし。水龍様、討伐したときはごめん!
「無理しなくていいから、貴方たちに任せたわ!」
少女二人は高飛び込みの要領で綺麗に入水する。私も恐る恐る足から淵に飛び込む。
あ、私泳げないよ……。私は漂うように底を目指してゆっくりと潜航中。
焦って上を目指そうとすると信じられないことに息ができる。
どうなってるの?
気を取り直して湖底を見ると既に戦闘は開始されていて、エリシャが大車輪に似せた石盾をブーメランのように飛ばして龍を挑発、スキリアが氷の長剣で背後から切り刻んでいる。二人は水など存在しないように動きまわる。戦いは一方的で水龍の両前足はすでに湖底に転がっていた。
龍の足元にいる青い少女は何かを抱きしめて膝をついている。
根拠はないけど致命傷を負っていると直感した。
私は剣を抜き水の中を無理やり泳いで向かっていく。
渕の底には何かが散らばっている。そこにあるのは数えきれないほどの魚の死体。
ちがう!
小さなマーメイド!!
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