第40話 魂の楔
婆やの家で寝床についた私は、有り余る時間で記憶を整理する。魔女の呪いを解呪したことによる記憶の開放。それに、昇華の精霊によってもたらされたエバートの記憶、記憶の嵐は混沌を生み私の頭は破裂しそう。
整理するには時間が必要。
エバートの記憶から推測すると魔女陣営はクルートとドラゲア以外にも3陣営あったはず。それなのに、なぜか3陣営については現在も活動しているのか衰退したのかさえ情報がない。これはモザイカに聞く案件だ。後回しにしよう。
滝つぼの指輪はエバートの記憶と解呪の機能が付与されていた。召喚者アルター・プラネの青い指輪は効能不明。これも後回し。
私が召喚した聖剣エストフローネは常時実体化できない。エバートは自在に呼び出し使っていたことが記憶からわかっている。何らかの封印がなされていると考えるのが自然だ。モザイカ案件かな。
モザイカを呼び出したいけど、ここでは誰かが目覚めてしまう。今はやめておこう。
それにしても今夜は風もなく何も物音がしない。
まるで、人類が滅亡したかのように。
まあ、それは良いとして私の前世、桃源坂呉羽院アキアカネとしての短い人生の記憶は、私の人格と全く相いれない。それはまるで異物、混じりえない水と油。私の心の奥底に楔を打たれたかのような感覚が残っている。
なんなのだろう。
魔女たちの目的も私に対する執拗な干渉、それは執念というより執着に近い。いや、もはや狂気と言っていい。なぜそこまで私を付け狙うのか。記憶だけでは真意をつかめない。
獣騎士、守護勇者の役割はエバートの記憶からわかったが、私の場合と性別が逆転していて参考にならない。エバートの代では、守護勇者は攻防、獣騎士が公式の身辺警護を担っていた。これはなるようにしかならないと思う。
魔女の使途、魔王、邪鬼といった存在と代理戦争。エバートとその子孫はバランスをとるものとしてこの世を守る者らしい。ガーディアンとエバートは認識していたようだが、私には疑わしく鵜呑みにはできない。
エバートや桃源坂呉羽院アキアカネの記憶や知識は偏りがあり主観的で危うい。
真実以外のものが紛れ込んでいる。
私はそっとため息をつく。
朝になり婆やがゴソゴソと朝の支度を始めたので、ビエレッテの服を着て婆やに一声かけ外に出た。洋服のサイズ、下着も含めてまったく合わなくなった。魔女の呪いの恐ろしさを知ることになり、妙に女っぽくなった体はまだ馴染まない。
変化はそれだけではない。魔力が増し魔法が使えるようになり、スキルは訳が分からないほど増えてしまった。当然使いこなし以前の問題で、怖くて使えない。
そういえば白百合のバングルは記憶を取り戻してから、微小で綺麗な妖精姿のレリアとエーベルがバングル周辺に纏わりつくようになった。なんだか見ていて怪しい。
誰がどう見ようとバングルは魔よけのお守りになっている。
庭の物干し台の先にある年季の入った椅子に腰かける。日の出前でも空は明るく雲はあまりない。
さてと、モザイカに質問しましょう。
「魔女、邪神かしら? その魔女のことなんだけど、5陣営あったはずだけど現在もそうなの」
「はい、3陣営は機能しておらず、クルートとドラゲアの間で覇権争いをしています」
「そして、ジャーとの会話からクルートは劣勢ってことね」
「そのように認識しております。過去の事例では勝者が決まると5陣営の勢力図はリセットされています」
「まるでゲームみたいね。気に入らないわ」
他人の庭で遊ぶ悪ガキのイメージね。邪神とか魔女のイメージじゃないわ。
「聖剣エストフローネが召喚剣としてしか使えないのは何故。エバートは自在に使っていたわ」
「推測ですが、魔女たちの策謀でしょう」
「封印でもされているの。私の受けた呪いのように」
「過去の事例から考えまして、呪いや封印の類は転生憑依により起こる可能性が高いです」
「ごめん。意味がわからない」
桃源坂呉羽院アキアカネの魂が転生して私に憑依したと言いたいのね。
私の記憶を封印する楔であっただけでなく、聖剣まで完全発動を封じているのは事実だから。
呪いや封印の触媒だったから意識を持つことができなかったのか、単に乗っ取られなかったのは運が良かったのかもしれない。
怖すぎる。
「過去の事例に照らし合わせて主様の身体に他者の魂を押し込むことで呪いや封印を発動させていると推測します」
「なんでそんな面倒なことを」
「答えられません。情報が少なすぎます。ただ、先代の英雄候補は覚醒できなかったことから、その失敗も鑑み今回は予防線を張りました」
推測ではね。確認する方法がないかしら。聖剣の封印を解くしかないのかな。
次から次に妨害が入るじゃない。
「では、聖剣の封印解除の方法を教えて」
「記憶を取り戻したことは主様の黒の手帳で魔女に知られているでしょう。使途が来ます」
「クルートの使徒と接触、もしくは討伐することで聖剣の開放に近づく」
「はい、ただ会話できるとは思えません。魔女たちはエバートの子孫で代々の英雄となりえるものを容赦しないでしょう」
過去にもあったことなのね。
黒の手帳を捨てたいところだけどモザイカが宿り、貴重な情報源であることから、その選択肢は採れない。
ついにクルートとドラゲアの双方から排除対象となってしまった。
幸せな未来を手にするには、この手で火の粉を払わなければならない。
朝食の時間になり家に戻った私は婆やのノーマル料理を毒見するように観察する。虫とか変なものが入ってないか命がけの攻防と言っていい。調査の結果、異物混入はないことがわかる。とりあえず安堵したので、質問しようとして忘れていた出会いのことをエリシャに聞いてみた。
「エリシャ! 組合で出会ったときって女神の導きで来たのよね。夢でも見たの?」
「ミシンがね。自分は神様だって言ってね。汚い紙くれて」
「ミシンて……それはいいか。それで?」
「ジャーって神様が墓地に行くように言ったの」
「墓地?」
「墓地に向かっていたら途中で綺麗な金髪のお姉さんが墓地に案内してくれたの」
「つながらないのだけど」
「墓地って実は組合って名前だってそのひとは言ったよ」
「そこで私と出会ったのね」
「そうなの」
偽女神、たぶんクルートの誰かが墓地を指定して、金髪少女が組合に誘導って感じね。
その金髪少女って誰よ。
「エリシャ。金髪の女の子って顔見たらわかる?」
「女神様みたい!」
たぶん覚えてなさそうね。諦めよう……。
妨害工作は転生者によるもので間違いない。だって、とてもお粗末だから。
ていうかミシンって何!
もっと後世の発明だよ。足踏み式はあったかもしれないけど。
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