第45話 別れの歌

 海神ペリペス・ボーラは海を割るようにこちらに向かって来る。以前戦ったカメなど豆粒のように感じてしまう。エストフローネの一振りでは倒せそうもなく、スキルを併用するしかない。


 運任せのスキル攻撃、少し危ない発想に傾きかけてない?

 ここは冷静に。


 守護勇者は簡単に蹴散らされて、海神は私を追いかけまわす。

 巨体ゆえ動作は遅いが大きすぎる。

 回避するのに距離を稼ぐ必要があり、相手の動きもトリッキーなので余裕は全くない。


 海に入ると間違いなく逃げられない。

 無理して陸方向を目指すため、回避する範囲が限られてしまう。


 私はスキルで海神を吹き飛ばすが、すぐに詰め寄ってくる。

 こうなると効果どうこうの問題でなく、頭に浮かぶスキルを順番に畳みかけるしかない。


 この魔王も目から怪光線を発動させては私を焼き殺そうとする。

 眼はルビーのように燃え上がり、私に焦点を合わせて攻撃を繰り出した。


 直線的な攻撃は回避しやすいが、眼球を動かすと怪光線も追従してくるので冗談ではなくレーザーのようだ。

 胴体も避けながらレーザーも回避する。

 逃げ回るしか手はなかった。


 そうだ、砂で目潰し!


 よくわからないが、ロックガーデン、デザートスティール、サンドクラッシャーなるスキルを連発してみた。

 眼に向けたはずだが、海神はゆっくりと吹き飛んでいく。


 連射は有効らしい。

 剣を抜こう。


「エストフローネ! 怪人の目から光を消しなさい!!」


 私はこちらを向いた海神に突きを入れた。姿勢だけだけど。


 エストフローネは白い帯状の光となり海神の目を蒸発させた。大穴が開いても海神は私を狙って狂ったように突進してくる。


 きっと他の感覚器官を使って私を追っている。

 また逃げ回ることになった。


 レーザーを潰したので回避は楽になり、スキル攻撃を交えながら逃げ回る。それしかない。

 海神の風穴は広がるが微々たるものだ。


 この逃走攻撃を後どのくらい継続しないといけないのか。

 心が折れそうになるが、歯を食いしばる。


 足が止まった時、それが私の最期の時。それは間違いない。


「弱気になるな!」


 いつか砕けてくれるはずと信じて勇気を振り絞る。


 私はひたすら走り回る。

 ただ、走る。



 薄暮が終わろうとする頃、終焉も近づいてきた。


 回避攻撃を続けていると、ふと海神の動きに変化を感じる。


「ん?」

「残念ながら私はお前を倒すことができない、この身体を捨てて出直すとしよう」

「なにを言ってるの」

「これは私からの置き土産だ。二度もやられるとはな」

「二度? 熊伯にやられたの」

「うるさいぞ、衝撃魔法タイダルウェーブ! 受けてみよ!!」


 海神は勢い良く空に飛びあがる。そしてその質量を沖に落下させるつもりだ。

 隕石の落下……津波だ!


 雪とか吹雪の差ではない大質量の破壊力。

 私は知っている津波の怖さを。


「みんな山に登って、全力で!」


 上空から質量を増した隕石が降ってくる。どうやって質量を増したのよ。

 赤く燃えながらスピードが上がる。

 きっと海神の意地だ。


 着水の後に発生した衝撃音で私たちは吹き飛ばされていく。

 地震のような揺れに襲われ立ち上がれない。

 どうにか立ち上がると山を目指す。


 振り返ると潮が引き始めたように感じる。

 来る!


「急ぐのよ!!」


 たぶん間に合わない。高い場所はどこかないの!

 見渡しても山以外にない。


 まだ砂浜なのだ。


「少しでも高台を目指して。海から離れて!」


 走りながら振り向くと沖の海面が大きく盛り上がっていた。

 その瞬間、ポケットから何かが落ちる。


「あ、ソフィー!」


 ソフィーが転がり落ちた。私は拾いに行く。


「姫様……」

「みんなは逃げて。すぐ行くから」


 駆け寄るとソフィーは輝きはじめて二本足の少女の姿になった。

 目の錯覚なの。


「ママ、行ってくる。しばらくあえない。精霊になって戻ってくる。いつか」

「なんで!」

「マーメイドの涙。これがあれば、また会えるから」


 ソフィーは悲しそうにマーメイドの涙と呼ばれる水色の指輪を私に握らせて浜に向かっていく。


 タイダルウェーブが迫りくる。

 ああ、お終いだ。



 ソフィーは甘く切ない旋律の歌を唄いだす。


 千鳥が遠くで鳴いている。

 風が凪ぐ。

 マーメイドは祈りながら唄う。

 高く澄んだ声は広がってゆく。砂浜に、海に、空に。

 ヤドカリが、ゴカイが、ハゼが砂から出てくる。

 飛べないシギが浜を走りまわる。


 何かが遠くで飛び跳ねた。

 飛沫が飛び、突風が渡ってくる。

 風が強くて髪を弄ぶように吹き荒れる。

 私には見える。風に流される星の粒、星粒、星の子供たち。

 星粒から星が生まれ出る。星、星、輝く星、瞬く変光星。輝きで辺りは天の川になった。


 星が散るとタイダルウェーブが静止していた。


 ソフィーは成長を続け、大人の乙女に変身する。

 手に持つ杖は輝き成長を始め、魚の背骨のような杖に変化した。

 珊瑚が所々覆い、杖の先端には数えきれないほど貝殻が連なっている。


 ソフィーは歌いながら貝殻を鳴らす。

 砂浜にはセレナーデとジャラジャラ乾いた音が辺り一面に響き渡る。


 砂浜からマーメイドの霊が沸き上がり、亡霊は次々と現れては浜を追いつくす。

 マーメイド達は手を掲げ薄く輝く黒い真珠を津波に向けて掲げはじめる。


 ソフィーは私を見て微笑み、歌はフィナーレを迎えてしまう。


「ソフィーいかないで!」


 黒い真珠から光が生まれ、新たなマーメイドが誕生している。

 マーメイドは大人の姿になり群れていく。


 そして高い壁ができあがる。




 静止していた波が動き出し私に向かって牙をむく。

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