第44話 ドラゲアの魔王

 半島の先には天界に届くのではと思うような山が私たちを待ち受けていた。なぜその山に名前を付けなかったのか理解できないが、切り立った崖にはまばらに植物が生えていて山頂は雲で覆われている。


 私たちが進んでいる裾野は迷路のようで広がる森は深い。


 森を抜けた先には魔王と使徒が争っている。



 この先に待つものは守護勇者では倒せないだろうし、ビエレッテは補助にしかならない。ソフィーや水龍は戦力外、私が戦うしかない。一度に魔王と使徒をしとめることが理想的。でも困難な話だ。


 だって、雁首揃えて仲良く待ってくれるとは考えられない。


 私達はドロシーを先頭にして密林と呼ぶにふさわしい場所を進んでいる。時々、クルートとドラゲアの残党というか、迷子のおバカさんたちを蹴散らすことになる。強くないのに名乗りをあげられるのは心底面倒に感じはじめていた。一度にまとめてかかってきてほしい。


 私の希望は現実のものとならず、その後も残党狩りを勤しむことになる。



 いきなり森が途切れた先には海。森を抜けると一面の海だった。深く蒼い海面に白い波、浅瀬を波が洗っていた。その先には小島とサンゴ礁が広がる。


 砂浜に出た私たちは海に面した廃墟に向かう。


 前方には砂嵐が発生して私たちの侵入を許さない。私は直感的に砂塵舞うハリケーンというスキルを使うことにした。単純に威力の強いものが勝つという考えだ。


「貴方たちさがって、スキル確認してみるから」


 全員下がったのを確認して、砂嵐めがけてスキルを発動する。


「砂塵よ! 舞い踊れ、クリスタボルッテクス!!」


 たぶん掛け声はいらない。私の好みなだけ。


 天から渦巻きが降りてきてすべてを薙ぎ払った。やばい、屋敷の近所で実験しなくて正解だった。私のスキルは廃屋も木も関係なく根こそぎ持って行って、残されたのは白い砂浜のみ。


 ヤバすぎるよ。



「ん?」


 嵐の後にこんにちは。

 待ち受ける露払いの魔王配下。


 また名乗ろうとするから、先制攻撃で別のスキルを試してみる。


「紅の百花、咲き誇れ、フラメア・デ・セーダ!!」


 大地から幾百という炎の花が天を目指して沸き上がっていく。火葬の後は遺灰さえ残らない。

 先に進みましょう……。


 発動のしかたから、召喚術に近いスキルであることは間違いない。詠唱もイメージさえ必要なく魔法ではない。突然沸いて来るし、同じスキルなのに敵に合わせて変化する。謎の仕様に私は思考停止する。


 これ魔力消費してないよね。もしかして、命削ってるとか。

 まさかね。




 しばらく砂浜を進んでいると見覚えのあるシルエットの男が立っていた。私はこっそりと岩陰から観察する。魔王なのに風雪蟲カリアドロ・ウインターだったかしら?


「風雪蟲カリアドロウアー・ウインターですね」


 ビエレッテが私の疑問に答えてくれる。なんで一人なの、使徒はどこに? 

 一度にエストフローネで片付けられない。

 スキルを試してみるかな?


「いくわよ! 勇者達!!」


 魔王を目指して走り出す。相手はやっと気がついたようで、呑気に語りかけてくる。


「探したぞ、どこに行っていたのだ」

「えっと、初対面でございますが?」

「なんと! 確かに脂が乗った肉だな。さっきのよりも旨そうだ! であれば死んでもらおう」

「魔王がくる。警戒!」


 守護勇者は私を守るように位置をとった。魔王は技名を叫んだ。


「ウインター・オブ・キノ・ナスキア!」

「この国の冬って何よ」


 冬が来る。

 手が悴んできた。

 雪?

 チラチラと風に交じってくる。

 雪は風に乗って漂い、ときに舞い上がる。


 青白く凍てついてゆく大地。

 そしてキノ・ナスキアは氷に覆われていく。

 私の息は白い。

 これは夢なのかしら。

 雪に覆われ凍てつくキノ・ナスキア。


 守護勇者もビエレッテも雪に倒れ込んで眠ってしまう。


「みんな起きて! か弱い私はすぐ死んでしまうのだから!!」


 と言ってみたものの、私がいる限りキノ・ナスキアは冬に沈まない。


「雪を割り、私のもとへ! 春の息吹オーレア」


 私の叫びは氷を割り、表面に積もった雪が吹き飛んでいった。

 心と身体が温かくなる。足元からは数知れない蕾が雪を割り、辺り一面を黄色い花が覆っていく。

 福寿草のような花は咲き乱れ、まるで早春のお花畑のように広がっていた。

 黄色い蝶も飛び冬はどこにも残らない。


 生きるために邪魔者は消え去ってもらう。

 この世には異物などいらないから。


 魔王めがけて私は距離を詰め、魔王の胸倉に手を当て新スキルを発動した。


 魔王の身体は膨張して裂け目からはプロミネンス、魔王の身体が焼けて小さな太陽が現れる。

 魔王が四散すると太陽も光を弱め、やがて消え去った。

 冬など訪れなかったかのように、空高く太陽が輝いていた。


 魔王はもうどこにもいない。



 スキルに振り回されている。制御できない力は恐ろしい。


 でもいつか使いこなして見せる。

 今はダメでも私は決してあきらめない。だって私は無駄に強がりなんだから。


 本当は怖いのに意味なく強がる……愚か者。自覚はしている。


 あぁ、マイナス思考はダメ!

 雑念は捨て余計なことを考えず前に進むしかない。



 仲間たちは目覚めて私のもとに集まってくる。なぜか私の気持ちがざわつき、警戒しろと騒ぎ出す。名前を忘れた魔王のいた場所に暗い影が残っている。何あれ?


 見つめていると黒い靄が立ち昇り人影が現れた。


「敵がまだいるわ!」


 その人物は実体感がなく影のようである。やがて男は警戒する私を指さして話し始める。


「君の正体がやっとわかったよ。エバートの再来。いや、英雄殿」

「あなたも魔王なの?」

「おっと悪い、私は餓鬼のほむらドラゲアの魔王、海神ペリペス・ボーラ。お初にお目にかかる」

「私はカーラ・エレーンプロックス」


 笑うタイミングでもないのに空気を読まず笑う海神。ちょっとイラっとする嫌いなタイプ。


「あなたは影なの。零体かしら」

「私はカリアドロウアー・ウインターと影を共有していただけ。本体はそこだ」

「えっ!」


 海から青黒いものが浮き上がり姿を現す。鎖でつながる一つ目の岩状の生物、球形の胴体には瓦礫がくっ付いていて、それらがプラズマでつながる醜い生物。


 高い奇声を発すると鎖がちぎれて、陸を目指してくる。小島ぐらいはあるのでは。

 大きい、大きすぎる。


「さて、私は本体に戻るとしよう」


 海神の影はスルスルと本体に向かっていき、一つになった。


「さあ、私と死の舞踏を踊っていただこうか。エレーンプロックス嬢」


 低い声が鼓膜を揺さぶり、平行感覚を失った。




 こんなところで死んでなるものか。

 私は決して負けない!

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