白百合のカーラは死にたくない 〜正義感だけは英雄並みの転生令嬢は守護勇者に頼った生存戦略から脱却する〜

楠嶺れい

第01話 時には泣いてみよう

 えっと、私の名前、それは……。


 桃源坂呉羽院アキアカネ!


 誰が名付けた。ジェンダーレス。

 せめてアキアカネを秋赤音にして欲しかった。


 桃源坂暁院秋赤音。


 えっ! お経か漢文! 両親が市役所で説教されるって?

 お子さんに書くことができますか? 職員が笑いをこらえてるパターンだ。


 名字からして絶望的。

 あぁ、自虐的ね。

 とりあえず学校に行こう。



 私は元気に通学中。朝早すぎたのか誰も通学していない。


「それにしても田舎道。ショートカットしよ」


 まだ早春、指先が冷えてきて制服のポケットに深く手を突っ込む。

 近くに見える民家の庭先では、早咲きの花木が花を咲かせ始めていた。


「もうすぐ卒業式。高校生活は長かったようで振り返ると一瞬」


 私は春の陽気に誘われて鼻歌交じりにあぜ道を歩く。

 見つかると叱られるけど。このスリルがいい。

 あぁ、鼻がくすぐったい。


「ハ、クシュン!」



 クシャミをして目を開けると景色がいきなり変わった。

 道路は舗装されて。車道には車がいっぱい。

 ビルも信号も見たことがないかたち。


 ここどこ?


 看板や標識はひらがなが多い。地名は妙に短いし、読めてはいても不自然だ。

 突然、知らない街に紛れ込んでしまったようで、景色は日本のようでありながらちょっと違う。


 もしかして、夢?

 頬を軽く叩いてもちゃんと痛い。


 田舎道を歩いていると異世界につながった?

 小説の読み過ぎじゃないよね?


 スマホは圏外だしどうしよう。

 とりあえず。ここがどこなのか確認が先決。



 きょろきょろと見回していると探し物が見つかる。

 あ、行先の案内表示があった。ん? 昭島市に八王子市。

 聞いたことないよ。


 ちなみに私が住んでいるのは元治香華県鯱城垂井市だ。

 山奥で何もないところ。



 黒い影がスレスレを通り過ぎた。


 あぶな! 見たことのない暴走自転車に轢かれそうになったじゃない。


「怖いところに来ちゃった。私のいた場所とは違い過ぎだよ」


 人が居る。

 なんて格好してるのかしら?




 そんなことはどうでもいい。 

 私は普通に家を出て、通学途中で転移したみたい。

 高校卒業を控えて鼻歌交じりに登校していたのになんてこと!

 それにしても交通量は多いし、車道を走っている車は見たこともない型式。


 ここって日本?



 こまった、思いつきだけど近くを歩いていたお年寄りに質問してみよう。


「あの、ここは天皇統べる皇国日本ですか?」

「……概ねそうだが、仰々しい表現すぎないかい。身なりといい大丈夫かね?」

「服装かぁ、気にしていませんでした。ところで、ここどこですか?」

「立川だが」

「へ!」

「東京都立川市。本当に頭は大丈夫かね。病院はあっちにあるよ」


 私はお礼を言って早足に病院方向に駆けだした。日本でありながら日本でない。

 聞いたこともない地名に私は混乱していた。



 道行く人にコスプレとかコソコソ言われているが、なぜなのかよくわからない。

 微妙に距離を置かれるし困ったものだ。

 ちなみに私は地獄耳。


「あれ?」


 車道のド真ん中を走る三輪車を発見した。私のよく知る三輪自動車ではない。


 幼児が駆動する三輪車だ!

 あっちにフラフラ、こっちにフラフラと我が道を行く。


 これは、助けに行ってトラックにミンチにされ異世界転生するパターン!?

 いやいや、小説でも転移してすぐ転生はないだろう。

 それに、まだ死にたくないし。



 しかし、何故か悲しいことに正義に突き動かされるように身体が動く。

 私は幼児めがけて一直線、わき目も振らず駆けだした。

 交通量は多い。幼児は女の子。

 笑顔で漕いでいる。


 あなた死にたいの! なぜ笑ってられるのよ!

 私は心の中で絶叫した。



 三輪車から幼女を抱きあげて車を交わしながら路肩を目指す。幼女は無事だ。


 どうにか助けた。


 すぐ横をトレーラーが横滑りして何かを跳ね飛ばし、金属音とともに路側帯に突っ込んだ。

 死ぬかと思った。ほんとに危なかったよ。



 振り向くとスローモーションで刃物のように潰れた三輪車が飛んできた。

 それはブーメランのように回転している。

 もはや凶器以外の何物でもない。



 激突!




 何か……からするりと抜ける感触。

 恐々と眼を開けると自分の視界が不自然なことに気がつく。

 魂となって空に浮いていたのだ。


 眼下には私、制服を着た亡骸が横たわっていた。

 女の子は無事で私を揺さぶっている。

 トラウマにならないでね。


 私は上昇して雲に飲まれてしまう。

 何も考えられない。





 きっと死んだのだろう。


 私は真っ白な空間に立っていた。上下がわからない。

 しばらく待っても誰も来ない。

 たぶん大丈夫、神様を呼んでみよう。


「神様、ここにいまーす!」


 その瞬間、雷が落ちて私は真っ黒こげ、炭化したまま突っ立っていた。



 乱暴だぞと睨んでいると鬼面を張りつけたような鬼女がいた。

 古めかしい洗いざらした白のチュニック。

 イメージは怒りの神のよう。



 神様はギリシャ神話に近い。おめでとう人生ハードモード、不機嫌な神。

 神の笑いを取るか、興味を引けないと消滅あるのみ。

 そう勝手に思い込んだ。



 しかしまた、物騒なのが来たよ。


『ひれ伏せ! 下種女! 我こそはかまどの女神ミンジーなり』

「カマドってなに!」

『うるさい、一度死ね』



 私は圧死させられた。潰れたはずだが強制復活される。ミンジー怖いよ。

 それからも返答のしかたが悪いと簡単に殺された。

 数十回死んでも慣れそうにない。


 私はなんとしても生き抜く決意を誓い自身を鼓舞する。

 しかし、この神様の名前を私は知らない。

 とりあえずご機嫌伺かな。


 おべっか使いに徹して、心にもないお世辞でへつらっていると転機が訪れた。

 どうやら、気まぐれで転生させてくれるらしい。


 交換条件は転生先での構成員として働かされることは決定事項。

 カルトか秘密結社のようなものと推測した。

 強制いやなんだけど……。


 おそらく了承しないと切り捨てられる。それよりも女神の移り気なところが怖い。

 長いものには巻かれろ私!


「お手伝いさせていただきます。女神様」


 猫なで声で言ってみた。


『よいぞ! 面倒だから、妹のジャーに任せる』


 この女神、面倒といったぞ。

 うわ、睨まれた。



 顔を逸らせていると、視線の端にどこからともなく人影が浮き上がってくる。


 猫の仮面をかぶった痴女が現れたのである。

 仮面以外は全裸で思わず目を疑う。

 女神なのに破廉恥!


『こんにちは小人さん。私はりの女神ジャーよ』


 この女神も聞いたことない。

 それにしても、全裸で織物の女神。おかしいよね。


『そんなことなくってよ。何も身につけない。それは何でも着ることができる』


 なるほど。でも、とっかえひっかえ着替えてもいいと思うけど。

 単にお綺麗なお体を見せたいだけのような。


『まあ、嬉しい綺麗だなんて。貴方の転生先の容姿はに決めたわ』


 さらっと大事なこと言わないで。それって転生しても目立てないってことでは!

 私にとって唯一誇れる部分が無残にも潰されたよ。

 ひどいよ、優しそうに見えて残酷な女神。


『不満なのね。では、特別に貴方に加護を与えましょう。それは認識阻害、存在感が激減ですよ。喜びなさい!』


 それって酷くないですか女神様。


『そろそろ飽きてきたから転生させるわね。カラス天狗お願い』


 もう飽きたの……。




 横から天狗が現れる。世界観台無しだよ。

 創造主の知性とは?

 余計なことを考えるとせっかく勝ち取った転生が海の藻屑と消えそうだ。


 今は我慢の時、疑心や荒ぶる心はただ水に流すだけ。


『女神さまの命令でスキル選択はスキップ。ステータスは最低値に決定だそうです』

「荒ぶるなわが心……ここはなんとしても耐えるのよ」

『私の情けで成長カーブはちょっと色を付けます』

「よっし!」


 思わずガッツポーズを決める。このくらいは良いだろう。



 天狗は私の存在を無視して、興味なさそうに事務的な語り口。


『チュートリアルは無しです。即転生になります。女神様お願いします』


 とりあえず転生できるなら何でもいい。



 エロポーズで腰を掛けていたジャーと興味のなさそうなミンジーがダルそうにこちらにやってくる。


『覚悟はいいかしら。転生先は滅びの惑星クレイヴァゼート。女神ミンジーとジャーの名のもと剣樹の茨クルートの使徒として侵略者を排除しなさい!!』


 やった! 転生だ。



『最後にとっておきの情報を教えますね。現在クルートは大いに劣勢。風前の灯火。面白そうだから貴方の記憶は封印します』

「は……」

『敵は確実に貴方を排除に来ます。そうね、運が良ければ記憶が目覚めることになります。では呪われた世界で栄光を!』


 最後にしてやられた。

 徐々に光が増していく。転生が始まったようだ。



 いろいろと不利な条件を思い出してしまう。

 死んでしまえ女神ども! いつか倍返しにするから。覚えておきなさい。


 わたしは心に誓ったが、女神はもう私に興味がなかった。



 あぁ、今までの努力は……。



 私は騙され望まぬ地獄に足を踏み入れただけだった。

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