第02話 壁紙と呼ばれる令嬢

 私の渾名は壁紙!



 これでも侯爵家の長女なのよ。


 そうはいっても、残念なことに外見は一般大衆と比べても超絶地味。

 壁紙と蔑まれるように目立つことはない。

 外見だけならまだよかったものを個性も希薄とくれば救いなどない。


 どうしてこうなったの!


 いうなれば、あだ名にふさわしい壁の模様のよう、すんなりと背景に溶け込んでしまう。


 あぁ、別名もあったわ。見えないカメレオン、壁のシミといいとこ勝負。

 どちらにしても情けないわ。


 そんなわけで今日も壁際でインテリアになる。


 目立ちたくて変ポーズに変えてみたのに誰からも視線を投げかけられない。

 声さえかけられない。


 まあ、それが私の日常。



 あきらめて大きく息を吸う。

 気分一新した私は、キラキラする人たちを遠方から観察しはじめる。

 特に理由もなく視線を彷徨わせていると、前方それもはるか遠くに騒動の気配。


 お調子者が沸き立っているようね。


「むっ……」


 オペラグラスで覗いてみるとナヨナヨした同年代の男子がいじめられていた。

 悪い癖が出そうで嫌な予感がするのに……なぜだか足は勝手に動き出す。


 無駄に正義感の強い私は止まれない。


 厄介ごとに引き寄せられ、条件反射で即行動。

 結果として落ち込むのだけれど。


「何してるのあなたたち!! 高位貴族の貴女たちがすることではないでしょう!」


 あーっ、ついつい介入してしまったよ。

 悪い癖。

 そこにいたのはデボラ侯爵令嬢と取り巻きたち。


「あら、誰かと思えば家名だけ名高いエレーンプロックス侯爵令嬢じゃない」

「カーラ様! デボラ様に失礼よ! 大きなお声で叫ぶから地味なお顔が台無しよ」

「壁紙様だ、きゃはは!」


 虐める令嬢は性格破綻者に認定したわ。

 それに取り巻きもうるさいし。


 なにより気にしている容姿のことを言うな!


「顔は生まれつきよ! あ、といいますか、問題はそこじゃないですわ。デボラ様、わたくし何をされてるのか尋ねしていましてよ」

「ちょっと、クズのくせに生意気よ。カーラに説明する義務はないわ」


 ちょっとした騒ぎになるが私に視線は集まらない。

 好都合よね。


 虐められているのは痩せた男子。

 見たことない顔、誰かに似ているのに思い出せない。

 Xは女どもに蹴られて流行おくれの服は土埃だらけ。


 私は辺りを見渡す。

 ここは無駄に広い会場は王家の所有する離宮の庭園。

 丘陵地帯に世界各地の植物が植えられ、斜面に美しい花々がテーマごとに植わっている。


 春の日差しは優しく、陽気に頭をやられた令嬢たちが騒いでいる。

 デボラ侯爵令嬢と取り巻きたちだ。

 人通りもそれなりにある。


 デボラが私を食い入るように見つめて睨んでいる。

 なんでこんなに目の敵にされるのか記憶にない。


 私はため息を盛大についた。

 返事を期待されてるようなので、応えないわけにもいかず、デボラに止めを刺しておこう。


「呼び捨てはよしてくださるデボラ様。それに、クズは余計です。まあ、都合が悪くなれば負け犬のように吠え、及び腰になるのは承知しておりますが、苦し紛れに話をすり替えないでくださる。あらあら、お困りの様子ですが、私の問いかけにきちんと答えていただけませんこと!」

「あうっ、もーうるさい! しらけたから移動するわよ。いくわよ。あなた達」


 顔を真っ赤にして睨みながら立ち去るデボラと取り巻きたち。

 悔しいのか、振り返っては睨んでくる。

 彼女たちは定位置に戻ってもこちらをうかがっていた。


 お供を連れて監視しているゴミムシデボラは無視して、蹴られたXのもとに素早く歩いていく。


「あの、泣かないで……そこ目立つから、壁際に行きましょう。私と一緒なら目立たなくなるから」


 鼻水まで垂らして泣くX。悔しいのはわかるけど女々しいわ。仕方なく腕をとって壁に移動する。


 しかし、なんで私は注目を浴びないのかしら。


「あ、あび、ありがとうございます。カーラ嬢」

「ちょっと、鼻水拭いた手で触らないで……いえ、いいわ。これで涙とたいえきを拭きなさい」

「汁……。ご、ごめんなさい。ありがとう」


 渡した私のハンカチで盛大に鼻をかむX

 田舎者のような身なり。どう見ても王都に住むものではない。


 虐められた理由だろう。


「落ち着いたようね。ここにはいろんな人がいるから、慣れないうちは目立たないようにね」

「やっぱり田舎者だからこんなことに?」

「それもあるけど、ナヨナヨせずにシャキッとしなさい。堂々としてないと付け込まれるわよ」

「領地を出るのは初めてなのです。そのうえ、こんな格式高いパーティーへの参加、緊張してしまって」

「うん、わかる。無駄にキラキラした人多いしね」

「あ、名乗り遅れました。僕はマイネフランネル辺境伯家のオスカーです」

「お父様は辺境のだったかしら。英雄だよね」

「はい、父は憧れであります!」

「……」


 どう見ても実子とは思えない感じなのだが、聞くわけにもいかず不毛な詮索はよそう。


「ははは、まったく似てないですよね。母親に似て小心なもので」

「そ、そんなことはないわ。立派な眉毛? す、素敵よ!」


 オスカー君は勘がいいようだ。

 内心で思い浮かべた実子疑惑が顔に出てしまったのかな。

 ……少し焦ってしまったよ。


 しかし、眉毛ほめてどうする。私は!!


「もう大丈夫です。ありがとうございましたエレーンプロックス嬢」

「大丈夫? 私はとっても、とっても暇だから遠慮しないでね」

「僕の相手なんて。こんな綺麗な方に申し訳なくて」

「き、き、きれい? あ、え、うん、目立たないようにね。ま、また会いましょうオスカー様」

「カーラ様、この御恩はいつか必ずお返しします。それでは失礼します」


 オドオドしなければ好青年なのにもったいないわ。


 ちょっと綺麗と褒められてご機嫌の私は、オスカー君と別れ定位置の壁際に戻る。



 いきなり頭痛がして、一瞬目がくらむ。


『目覚め、目覚めの時、目覚めなさい。愛しき子よ』



 誰かが呼んでいる。

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