第26話 熊伯は咆哮しない

 翌日、父に相談するとマイネフランネル辺境伯から相談があるから面会しておくように言われた。何でも例の古文書に書いてあるらしい。何だろうか、父熊伯は怖いのだけど。


 その足で私達一行はマイネフランネル辺境伯領に旅立った。昼間なのに夜逃げのように屋敷を出て、庭園を通り過ぎ門が見えてくると人が立っていた。


 何者よと思っているとユリアだった。


「お姉さまお土産お願いしますね! 熊伯の置物はお兄様に、私は妖精の涙を所望します」

「ユリア、それ伝承にしかないものよ。似たものがあれば探してみるね」

「はい! お役目お気をつけくださいませ」

「うまく抜け出せたと思ったのに、どうしてこうなったのか……」


 ハンカチを振るユリアはメフューザス並みに忍者か諜報員のよう。



 辺境伯領には他の貴族の領地を抜けていく必要があり、主要な町に立ち寄りながら東にひたすら進んだ。魔物や敵対者は出なかった。


 幸運である。

 でも、運に見放された時が私の最後だけど。


 最初は馬車を使うつもりで計画していたのだけれど、いつもの牛荷車が圧倒的にスピードの早いことが判明した。


 伊達に、組合仕様ではないのである。

 ちょっと恥ずかしいことを我慢しなければいけないけど。


 牛モドキは呑気に走っている。

 前世で言えば水牛みたいで、走るのは馬よりも早い。



 私は土地により景色や日差しが変わることに驚いた。

 特に夜空は全然違う。魂が吸い寄せられるほど星が近かった。


 田舎の空気は澄んでいて、空気が美味しいという言葉が理解できる。

 星が多い理由である。


「来てよかったわ。ちょっとだけ怖いことを忘れられるし」

「姫様、だいじょうぶですよ。私たちが守ります!」

「今回はソフィー置いて来ちゃったけど……しかたないよね」


 エリシャとスキリアは揃って首を傾げた。


「お魚と水龍ペットは一緒にバスケットの中にいたよ」

「はっ?」


 私の非常食を入れたバスケットを開けてみると、お魚とタツノオトシゴが仲良く寝ていた。あぁ、焼き菓子がひと切れも残ってない。全部、食いやがったな!


 それより先が思いやられるよ。また何かやらかしそうだし。


 それにしても、最初は敵対していたはずなのに今は仲がいいよ。

 もう、まるで意味が分からない。




 宿泊は町の宿屋に泊まっては郷土料理を束歩いた。特産品は日持ちするものを物色だけして、帰り道で買うことにした。ほとんどがお土産になりそうなのは、ちょっと残念。


 やっぱり、自分へのご褒美も必要ね。

 なにか買って帰ろう。


 最後に日は手頃な街が中間になく、野営することにした。夕食はスキリアがとってきた鳥と猪みたいなのを料理した。とはいっても、動物の処理はエリシャに任せ、私は焼き鳥と鍋のようなものを作っただけだ。


「姫様の手料理美味しいです」


 エリシャが眼をキラキラさせて話しかけ、スキリアも焼き鳥を両手に持って頷く。両手に持たなくても逃げないよと思いながらも、無意識に頭を撫でていた。スキリアは焼き鳥を咀嚼そしゃくしながら幸せそうにされるがままだ。


「あなたたち、料理はたくさんあるからゆっくり食べなさい」

「はいっ!」


 無心に食べている双子がハムスターのように見えてきた。


 そういせば、ソフィーと水龍が煮込む前の鍋に浸かっていて、もう少しで具材になるところだったのは私だけの秘密。


 胸騒ぎがして蓋を開けると予想的中、泳ぎ回る異物を取り除いたのだ。

 とうぜん、ソフィーと水龍は縛り上げて食事半量にした。

 鍋は作り直しになったけど。




 5日目の昼過ぎにマイネフランネル辺境伯家の屋敷に到着した。事前にオスカー君に連絡していたのでストレスなく屋敷に通される。そして、仰々しく家族総出で迎えられた。


 まるでお見合いみたいじゃない。


 熊伯本人は熊をかぶった彫像といった容姿、年齢不詳で野性味あふれる人だった。夫人は妖精のように小柄で可憐な人。愛らしすぎて、ユリアのお土産としてお持ち帰りしたいような……。


 おっと、いけないわ。オスカー君はいつもと変わらず。横には弟だろうか双子の少年が恥ずかしそうにしていた。小さな天使だよ。お持ち帰りだよ。もうお家に帰りたい。



 とりあえず無難に自己紹介して、オスカー君とオスカー母に旅の話を聞かせてあげた。

 エリシャとスキリアは辺境双子と打ち解けて庭に遊びに行ってしまった。

 たまには息抜きが必要だし、微笑ましいから許している。




 そのあと、父の占いが的中した。熊伯に呼ばれてしまったのだ。私と一緒にオスカー君と赤毛の女性がついてくる。気になっても質問できないほど、熊伯の歩くスピードが早く遅れまいと必死だった。


 私は執務室らしい部屋に通される。


「カーラ嬢。まあ座ってくれ。畏まらなくていいぞ。王都と違い、ここは辺境だからな!」

「失礼いたします」

「早速だが、本題に入らせてもらう。この二名を従者見習いとして鍛えてくれ」

「はい?」



 私は予想外の展開についていけなかった。

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