第30話 メアリーの転身

 子供の楽しそうな歌声で目が覚める。耳元にはソフィー目覚まし時計が歌を唄っていた。文句どころか起きられそうになかったので大歓迎だ。荷台の上からまだ暗い湖を見ていると霧が徐々に濃くなっていく。


 朝霧が出れば朝露とか単純すぎる発想だけど正解な気がする。

 結びつけることに無理があるけど。


「おや、お目覚めかい。カーラ様」

「ビエレッテは寝たのかな?」

「オスカーと交互で寝たから大丈夫だよ。これも従者の務めさ」

「ありがとう」

「おいおい、服が乱れてるぞ! 直してやろう」

「また、あちこち触らないで……」


 私は軽い辱めを受けながら考える。ユリアにこの人を引き合わせたら大変なことになりそう。

 間違いないわ。



 朝からスキンシップ地獄されていると他のメンバーも起きてきた。双子はまだ寝ぼけているようだ。オスカー君はちょっと疲れ気味かな。ソフィーと水龍は湿度が高いからテンションが高い。


 私は簡易食をみんなに配って移動しながら食べることにした。


 さて、準備は整った。妖精探しの開始だ。


「この先に森が湖に面した場所があって、妖精の出現報告が多いところだね」

「僕の情報では最近出ないと聞いたけど?」

「出るときは出るものだから悩んでも仕方ない。アハハハ!」

「ビエレッテ、大丈夫なのか?」

「オスカーは心配性だね。出会えるまで湖で休暇するだけだよ」


 ポジティブな人と好感持ってたのに台無しだよ。その発言。


「姫様、誰かきます」


 何者かがフラフラと霧から現れてくる。


 え!



「カーラ、探したんだからね。ほんとに、いつも探すの大変なんだから!」


 何かいけない雰囲気が漂うメアリーだった。邪悪といったほうがいいかしら。


「メアリー、あなた修道院はどうしたの?」

「シナリオの流れで死んでもらうわカーラ! 私は昔のメアリーじゃない!」


 忘れていた、この子話が通じなかったのだ。


「カーラ! 私の魔人の力の一端を知るときが来たのよ。恐れ戦きひれ伏しなさい!」

「何言ってるの? 小説の読み過ぎよ」

「私は女神の英知で妖精をとらえたのよ。この籠にいるのがレリア! 残念よね。クク」


 もう何言ってるかわからないけど、女神って言ったよね。

 それに、探していた妖精を捕まえていて、明らかに私の妨害をしている。


 もしかして、カルト教団の構成員なの。

 えっと、敵対集団ドラゲア?だったかしら……。


「メアリーあなたの目的は何なの?」

「私は強くなったのよ。敵対者や妖精を取り入れることで魔人に近づいた。カーラを喰らえば魔人に昇格よ。私を邪魔するカーラをバキバキ食べるんだから!」

「もう既に狂ってるよ、この子。カーラ様どうします?」


 ビエレッテは討伐するか迷っている。


「あはははは、私の舞台に幕が上がる! さあ出番よ! 魔物たち!!」


 ビエレッテの困惑を気にすることなく、メアリーは平常運転で我が道を邁進中まいしんちゅう

 雨乞いのようなポーズで何かを始めるようだ。


「僕は何を?」

「みんな警戒して、様子見よ! 何するかわからないネジの切れた子だから。昔から……」

「開けよ、青春の門! 唐墨の者よ、我、酔狂麗人の元へ! 受肉せよ、夕闇に舞う狂鳥!!」


 もう、台詞は厨二病を通り越して狂気の域よ。


 空中に突然ゲートが口を開け魔物が雪崩れ落ちる。あぁ、鳥の魔物が現れちゃったよ。


「ハーピーに近いな。魔鳥と人の混血か合成獣?」

「私の可愛い僕は綺麗でしょう! このためにクルート何人も食ったのだから。最初は辛かったけれど、今は快感よ! 泣き叫ぶ姿が特にいい! 血よ肉よ! 我がもとに!!!」

「カーラ様、私はこの狂人を相手する。ハーピーは数が多い。他の者、任せたぞ」


 ビエレッテは両手持ちの大剣を魔法で創出して、頭上からメアリーの頭をかち割りにいった。

 他のメンバーは私の守護に回る。


 水龍がメアリーの放置していた籠の妖精を咥えて戻って来た。籠に入ったレリアは私の手に。

 よくやったわ水龍! 今度名前つけたげるね!


 オスカー君は私の前に立ち、綺麗な姿勢で剣を握るが、動作が妙に遅い。

 私よりも武器の扱いが下手。

 辺境伯家なのになぜ!


 いえ、技は見事よ。剣裁きや経験に基づくテクニックや回避、見事なのだけど。

 圧倒的に遅い。



 幸いなことにハーピーは数こそ多いがスキリアが順番に各個撃破していた。

 エリシャは私に近寄るハーピーを蹴散けちらしている。


 メアリーとビエレッテは接戦を繰り広げていた。ただ、長期戦になればビエレッテが有利だ。

 問題はメアリーの奥の手がなにか。


 私も剣を取り出してハーピーをたたく。私の腕力で切れなかったからだ。

 あぁ、誰よりも情けない。



 そしてハーピーは居なくなった。双子たちの敵ではなかったのだ。

 スキリアが私を見つめる。


「スキリア! 邪魔にならないように攻撃していいわ。エリシャは私を守って!」

「僕もカーラ様を守ります」

「おねがいします」


 ビエレッテの大剣がメアリーの髪をショートカットにした。

 顔を歪ませるメアリー。


「モブが何の用! 私の髪を切るなんて、殺して食ってやるから!!」

「何のことかわからないが、食人鬼、おまえを楽にしてやるよ」


 ビエレッテは魔力を燃え上がらせて大剣を大地にたたきつける。

 すると、メアリーに向けて炎の斬撃が土砂を巻き込み飛んでいく。


 メアリーは避けもせず肩口から胸まで大きく裂かれる。


「うぐっ! このくらい……こうなったからには無理してでも魔人化する」


 スキリアがメアリーの背後から氷の剣を刺し貫く。ビエレッテが飛びかかろうとしたとき。

 オスカー君が叫ぶ。


「危険だ! 離れて、変態する!」


 メアリーは自分の近くにある物すべてを取り込みはじめた。

 手を広げながら笑っている。


「モブと子供など私の敵でない。選ばれしは、わたくし。選民メアリーが行く!」


 どうしてこうなったのだろうか。

 元から敵対者の特徴は備えていたけれど、今は魔物そのもの。

 愛らしい姿を捨てて、ハーピーの死体や倒木や石、それらが体に張りついていく。


 そこの居るのは失敗作のゴーレム! 出来損ないだよ!!



 ビエレッテとスキリアは距離を置き、変態が完了するまで剣を構えて見守っている。

 私でさえ巻き込まれてメアリーの一部にはなりたくない。


 メアリーは目を見開き吠えた。口が壊れていっても気にしてない。

 ああ、これはだめだ。


「みんな残念だけど、もう人とは呼べない。楽にしてあげて!」


 スキリアがメアリーに向かって飛びあがり、頭を蹴り飛ばして空高く舞った。

 ビエレッテはそれを目で追いながら攻撃のタイミングを計っている。

 エリシャは魔法でメアリーの足元を砂の海に変えた。


 メアリーはスキリアを見上げて手を伸ばそうとした、その瞬間に砂に足を取られて激しく転倒する。


「な・ん・・で、転ぶ・・・のよ!」

「上半身が重すぎるだけだね。醜いよあんた」


 ビエレッテが冷たく崩壊と創造を繰り返すメアリーに言い放つ。


「くそぉぉぉぉぉお! 許さ・・な・いぃぃぃぃ」


 転んだまま大の字になり、砂場で駄々をこねるメアリー。


 空に停止中のスキリアが4本の氷でできた長槍を投げた。槍はメアリーの手足を刺し貫き、半ば砂に埋まり固定された。

 ビエレッテは駆けて行きながら魔力を込めてメアリーだった魔物の首を落とした。


 メアリーの頭がこちらに向かって何か言っているが、口はもう喋れるようにできていない。

 知人と思っていたものが、魔物になり討ち取ってしまう。



 何とも言えない後味の悪さだった。

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