第31話 恐怖の辺境伯夫人

 朝露の妖精レリアはメアリーから奪い取った。そこまでは問題なかったけれど、この後どうやったら涙がもらえるのか。頭数は増えても知恵は足りていない。レリアはというと、逃げられるとまずいという意見から籠に閉じ込めている。


 ただ私はこの状態が決して良いとは思えない。

 だって、妖精の意思を無視して閉じ込めてるから。これは許される行為ではない。


「レリアは元いたところに戻しましょう。あ、場所がわからないのね」

「とりあえず、森と湖の面したところで問題ないと思うよ」

「ビエレッテは昔から雑だよ」

「ハハハハ! オスカーは細かいな。細かすぎるとモテないぞ」


 でも、妖精を帰すのはそこでいいと思う。嫌なら移動するだろうし。


「ビエレッテの意見を採用するわ」


 湖の面した場所に到着したのでレリアを解放してみた。しばらくフラフラ飛んでいたが、一株の草に止まりこちらを見ている。私が見つめていると羽虫のような妖精レリアは私のバングルを指さす。


 私がバングルを掲げて見せるとレリアは頷いて草を輝かせる。

 輝きはやがて水滴の形になり、葉先まで流れて止まった。

 私は無意識にバングルを光る液滴に近づける。すると光は流れ込み白百合のバングルは輝きを増した。


 クエスト達成ね。

 失敗したらと緊張していたけど、選択を間違えてなかった。




 クエスト達成を目の当たりにした従者二人は私のバングルを奇跡に立ち会ったかのように見つめていた。そんな大層なものじゃないんだけどね。妖精レリアは当分そのあたりを飛んでいたがいつの間にかいなくなっていた。


 まさに妖精って感じ。



 後は屋敷に帰るだけと思っていたのに、従者二人を我が家に迎え入れることを失念していた。取り急ぎ、父に手紙を書いて受け入れ準備をお願いした。たぶん、例の古文書で知っているかもしれないけど。安全策だ。


 といったわけで、今日も辺境伯家にご厄介になってしまう。二人の出立準備もありしかたなかった。夕食では熊伯がご機嫌で自慢話を延々と垂れ流していた。それを見かねた辺境伯夫人が熊を引きずり、部屋を退出したのを見て力関係を知ることになる。


 婦人の尻に敷かれた熊伯。何とも言えない感じ。



 翌朝は気を利かせてくれたのか部屋で朝食をとった。双子と3人で食べた食事はおいしかった。

 部屋でのんびりしていると辺境伯夫人にお茶を誘われる。

 私は双子に自由行動の指示を出した。


 茶会という形式よりも、一対一で話がしたいのだろうなと予想した。


「お招きいただき有難うございます」

「畏まらないで頂戴。女同士それも本音で話したいからお呼びしたのよ」

「はい、お言葉に甘えさせてもらいますね」

「私、女の子が産めなかったから貴方みたいな娘さんがいたらいいなと思ってしまって」

「私など器量も学問も人並みですよ」

「辺境で生きるには、それほど重要ではないわ」

「そうでしょうけど……」


 なんとなく、婚約話にもつれ込むのだろうか。


「警戒しないで、本人の望まないことは考えてないから」

「そうですか、私は婚約解消してますし、少し神経質になってしまって」

「うちの子達も難しいのよ。場所がここでしょう。お嫁の来手がなくて」

「そういえば、オスカー様の姿絵を拝見しました。普通の神経の令嬢なら考えてしまいます」

「随分はっきりものをいうわね。いいのよ。私は好きよ、そんなとこ」

「えっと、お嫁さん望んでないのですか?」


 笑って誤魔化したよこの人。本心はどうなのだろう。


「……そうね。あの姿絵で避けるなら未来はないわ。ここは隣国に接する要所」

「はぁ、優しそうな容姿で厳しいお考えですね」

「ここでは強いものが生き残る。容姿など二の次。勇気と信念。それが我が家の求めるものよ」

「過酷ですね」

「あなたの人生に比べれば生易しいわ」

「……」


 この人どこまで私のことを知ってるの。超危険人物現る! ってところかしら。


「そう緊張しないで。私は貴方みたいな娘さん大好きよ。簡単には諦めないから」


 いやーっ!

 怖すぎ。死んだメアリーよりも怖いよ。



 その後は和やかすぎるほど波風のない茶会だった。


 辺境伯夫人は隣国王家の血が入っている王女だったらしく、学問や器量がおありの様だった。

 言ってることの裏の裏を読まないと謀殺されそうだよ。




 その日の午後に二人の従者の準備が整い、王都の屋敷に向けて出発した。別れがちょっと寂しかったけれど、また来たいなと思う場所だった。


 今度はゆっくり湖を散策したい。



 道中は拍子抜けするくらい問題は起きなかった。魔物や盗賊が出たこともあったけどビエレッテが返り討ちにしていた。ストレス発散のために切り刻んでる疑惑が私の中で固まってしまった。


 もう疑惑ではなく確定ってことね。


 途中でお土産買ったりしたけど、ユリアの土産はなかなか決まらなかった。

 思いつかなかったので妖精のバングルというバッタもんを買った。



 とりあえず屋敷について従者の紹介をして、お土産を渡してしまった。ユリアは結局私の手垢がついていればなんでも喜びそうだと思ってしまう。兄は泣くだけだし……。


 水龍の名前は考えていたけどしっくりこないので保留中。


 いつもの練習場所で剣を振っているとメトリックが現れた。なんでも、武器を選んでくれていたようで、恐縮してしまう。ほんといい人だよ。


「お嬢様、こちらの剣をお納めください」

「あら、ありがとう。かなり長めの剣で細身ですね」

「軽くて切れ味よりも、使いやすさを追求したものです」

「注意することはあるの?」


 私が受け取った剣を立てかけていると、メトリックは少し考えて話し始めた。


「そうですね。最初は剣に振り回されると思います。馴染むまで慎重に扱ってください」

「わかったわ。これ訓練に使っていいの」

「訓練用はこちらをお使いください。少し短めで軽い剣です」


 二本目の剣を受け取り確認する。


「実戦向きではないということね。わかったわ。大切に使いますね」

「最後に心構えを一つ。剣が手にある限り、勝利の女神は見放しません」


 メトリックは仰々しく膝を折って礼をした後、物静かに立ち去って行った。

 もう私の師匠って領域よね。



 押しかけ弟子だけど。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る