第20話 折込む(2)



「やっぱり御池様につかまっていたのね。約束の時間になっても来ないからそうかなとは思っていたんだけど」

「ごめんなさい、美和さん」

「いいのよ、どうせついでだったから。はい、三日分の食料」

「わぁ、ありがとう! 助かります」


池から自宅に戻ったのは美和さんとの約束の時間を三時間も過ぎた頃だった。


その日は朝から美和さんの車で買い出しに行く予定をしていた。


だけど池でリュウビに引き留められて約束の時間に帰ることが出来なかった。


リュウビとは毎日池で逢っていた。


私は長い時間池の中にいることが出来ないので通い婚の形を取っていた。


そんなところでも私とリュウビは普通の夫婦の形とは違うのかなと思い、いつも一緒にいられないことを少し寂しく思ったけれど、きっと普通の夫婦だって常に一緒にいることは出来ないのだろうからと想像していたよりもこの結婚生活は幸せなものだと思うようにしていた。



「よく眠っているね」

「そう、なんだか寝てばかりいるのよ」

「ふふっ、可愛い」


美和さんは三ヶ月前に女の子を出産していた。つまり私が此処に来てから四ヶ月経ったということになる。


「で? 瑞生ちゃん、どうなの?」

「どうなのって何が」

「赤ちゃん、そろそろかな?」

「!」


美和さんの言葉にドキッと胸が高鳴った。


「神様の子どもを産むってどういうことなのかなってすっごく不思議なんだけど…。でも滅多に体験出来ることじゃないからね~愉しみね」

「……」


(本当美和さんって凄いな)


伯父さんから代替わりして今や野宮本家の当主である辰朗さんのお嫁さんの美和さん。


伝説とか伝承とか、そういった因習とは無縁の処からお嫁に来ているのにもうすっかり野宮の家の事情に馴染んでいた。


「昔から好きだったの、お伽話とか神話とか。空想好きのオタクだったから」


そうにこやかに話す美和さんは私が置かれている状況に割とすぐに溶け込んでいたのだった。



美和さんが帰ってから私はぼんやりとひとりソファに座り込んでいた。


『赤ちゃん、そろそろかな?』といった美和さんの言葉が反芻される。


(赤ちゃんってどれくらいで出来るんだろう)


まだ何の変化もないお腹をそっと触ってみる。


リュウビと夫婦になって通い婚を続け早四ヶ月。仮にリュウビと初めて性交した時に妊娠していたとしたら……


(いち、にぃ……多分三ヶ月とか、なんだろうな)


実はこの家に来てから一度も生理になっていなかった。つまりそれは私は妊娠している──ということになるのかなと思うのだけれど


(なんにも変化がないんだよね……体)


ただ生理がないというだけでよく訊く気持ちが悪くなったり怠くなったりという症状がなくて正直妊娠しているのかどうか疑わしいのだ。


(でも…)


出来ていたらいいなと思うとフッと温かな気持ちになるのだった。



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