第8話 恋乞う(6)



「あぁ、まだこの話をするにはミズキは幼いと思っていたから話さなかったが、俺はつい五十年程前までは人間として村で暮らしていたことがあったのだ」

「えっ! ど、どういうこと?!」

「この池に神として住まうことが出来るのは主の御池様ただひとりだ。先代の御池様、つまり俺の父が生きている間はこの池には父が住まい、人間である母と俺は母の実家である野宮の家で暮らしていたのだ」

「えっ、御池様のお母さんって野宮の人だったの?」

「なんだ、最初に話したではないか。池の神は野宮の血筋の女子からしか産まれぬと」

「あ……」


(そういえばそんなことを)


「今から何代前の娘だったか……三朗の曾祖母の姉妹の片割れだったか……よく覚えてはおらぬが兎に角俺は母と野宮の家で人間として暮らしていた。そして母が亡くなった後もしばらくは人の世で暮らしていた」

「……御池様が人間として」


嘘みたいな話に茫然とする。


「父が御池様としての寿命を全うし池の主の座が空いた時に選択を迫られる。このまま人間として生きるか御池様になるのかという」

「選択?」

「そういうことわりなのだ。この池の主から産まれるということは。そういった境遇で産まれる者だけが迫られる選択だ」

「御池様はどうして御池様を選んだの? 人間として生きられる道だってあったんでしょう?」

「まぁな。ただ俺は選択の時、このままこの池を枯らすことは出来ないと思った。ただそれだけのことだ」

「枯れる? 池が?」

「あぁ。池の主がいなくなるということは池が穢れ枯渇することを意味する。即ち今までこの池によって生き永らえて来たこの森に住まう生き物たちは命を落とすことになる」

「……」

「人間にとっては毒でしかないこの池の水は小動物や植物、蛇に化身した元人間たちなど森の住民にとっては命を潤す池でもあるのだ」

「……」


(池の水を呑んだら蛇になるっていうの、本当のことだって今サラッと流した!)


少しだけゾッとしたけれど、語る御池様の顔が今まで見たことのないような寂しげなものに見えて思わず御池様の着物の合わせをギュッと握った。



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