第27話 湧起る(3)





私の人生において一番の苦しみと喜びを同時に体験した日より月日は瞬く間に過ぎた──……




「まる、たま、早くおいでよー」

「ま、待って~千花ちゃん」

「おい、待てって言ってんだろ! チカッ」

「もう、たまってば何度言ったらわかるの? わたしはチハナ! 間違えないで」

「だったらおまえもおれたちの名前、変な風に言うなよ!」

「そうだよ~千花ちゃん。ぼくたちの名前、ちゃんと呼んで欲しいなぁ」

「だって分からないんだもん」

「は? なに言ってんだよ」

「分からないってぼくたちの名前が?   っていうの、難しい?」

「え? 何」

「本当馬鹿だな、おまえは!   だっていつも言ってるだろう」

「う、煩いなぁ! 分からないって言ってんでしょっ! 馬鹿ぁ」

「あ、待ってぇ~~千花ちゃん」

「逃げんなっ、馬鹿チカ!」



「……」

「あははっ、相変わらず仲いいね。あの三人」

「……うん、そうだね」


美和さんは微笑ましく子どもたちを見つめているけれど……


(もしかして)


ふと思い当るようなことがあったけれど、それはまだあの子たちに話す時期ではないと思いしばらくは私の心の中だけに留めておくことにした。




私がリュウビとの子を産んでから五年。


双子の男の子たちは人間の子どもとなんら変わりなくスクスクと成長していた。



「おぉ、凄いな、この走りは」

「でしょう? ダントツで一番だったんです」

「こっちは……なんだ可愛らしい格好をして舞っているではないか」

「応援合戦で踊っているんですよ」


子どもたちが幼稚園に行っている間が私とリュウビの逢瀬の時間となっていた。


「しかし時代は進んだな。こんなちっこい箱で我が息子たちの雄姿が見られるとは」

「えぇ。こういう面ではいい時代かなと思います」


リュウビは私が携帯で撮った幼稚園の運動会で活躍する息子たちの動画に釘付けだった。


「今度はいつ連れて来る?」

「明後日の土曜日には。日曜日は美和さんたちとちょっと出掛ける用事があって来られないんですけれど」

「あぁ、よい。思う存分人間世界での生活を満喫させてやって欲しい」

「……リュウビ」


そっとしなだれかかるように寄り添うとリュウビはフッと口角を上げた。



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