第12話 輿入れ(1)



あなたの元へ行くことが解った時、私に迷いはなかった。



そう思えるだけの想いや月日をあなたに抱き費やして来たのだから──……。




**********




そしてゆるゆると時は過ぎて行きとうとうその時を迎えた。



「瑞生、忘れ物はない?」

「うん、大丈夫」

「何時からの電車だって」

「えっとね……9時半、かな」

「乗り換えがあるから忘れずに。居眠りして乗り過ごさないようにね」

「大丈夫だよ、お母さん。私、子どもじゃないよ」

「子どもよ!」

「!」


母にギュッと抱きしめられた。


「親にとって子どもは……瑞生はいくつになろうとわたしたちの子どもよ!」

「……お母さん」

「そ、そうだぞ! お父さんにとっても瑞生はずっと可愛い子どもだ!」

「お父さん……」


自宅の玄関先で湿っぽい雰囲気になってしまった。


両親に抱きしめられ危うく涙腺が崩壊しそうになった。が、なんとか堪えた。


「もうそんなに哀しまないで。ずっと会えない訳じゃないし、進学や就職で上京する子どもと同じでたまには帰って来るしお母さんたちだっていつでも来られるんだから」

「……えぇ、えぇ。そうよね」

「休みの度に会いに行くからな」

「ふふっ、無理しなくていいよ。私、全然寂しくないから」

「お父さんが寂しいんだ!」

「あ……そっか。ごめん」


ほんの少し笑いムードになって場の雰囲気は柔らかなものになった。


「瑞生、もし辛かったり怖かったり、ひとりじゃどうしようにもなくなったら直ぐに伯父さんを頼るのよ?」

「うん、分かってる」

「連絡してくれればわたしもお父さんも直ぐに駆けつけるから」

「ありがとう」


玄関で随分長い時間をかけてしまった。昨夜だって随分遅くまで散々話して、一時の別れの挨拶も済ませたというのに。


「じゃあもう行くね。いつまでもタクシー待たせておけないから」

「瑞生」

「……瑞生」

「行って来ます」


最後に両親から名前を呼ばれ、それを受けて私はにこやかな笑顔を残して住み慣れた家を後にした。


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