第17話・二人の護り方

 ──酷く焦った表情のダニエルさんを見て、私は咄嗟にお茶を淹れソファに座るよう促した。

 殿下にお出ししたお茶も冷めてしまっていた為、新しい物と取り替える。


「カレンちゃん!! 大丈夫? 部屋が荒らされていたって聞いて、急いで部屋の近くに行ったら、追い返されてしまって……侍女長殿に問い詰めようと思って来たんだよ!! 全く何てことだ!!」


 え? 侍女長様に問い詰める? 

 ええええええええ?



「まぁ、落ち着けよ、ダニエル。この通りカレンちゃん無事だから問題ない」


「問題ないって!! 殿下! たまたま無事だったから良かったものを、何かあってからでは遅いんですよ? 何を呑気なことを!!」


「…………。まぁ落ち着けって。警備に関しては強化するつもりだ。近衛隊だけでなく第一を動かす。少々その点ではお前達にも世話を掛けることにはなるが我慢してくれ。勿論、城内で『何か』など有り得ない」


「殿下! しかし実際に!!」


「ダニエル、今まで俺が近衛に指名して来た者達を思い出してみろ? サミーは然り、ルイスもそうだったよな?」


「殿下ご存知だったんですか?」


「近衛は俺の手脚、俺の護衛、俺の直属の部下だぞ? でも彼らの上司は俺ではない。わかるな? そしてカレンちゃんの上司はではない」


「しかし!!」


「侍女長をお前は信じていないのか?」


「…………」


 侍女長様を信じる……。


「でも、カレンちゃんはサミーやルイスと違って女性です! もしカレンちゃんが怪我でもしたら!!」


「ダニエル。それはカレンや、サミー、ルイスに対して失礼だぞ? 女性だからは理由にならない。男も女も不当に怪我を負うようなことは許されない。カレンに今、手を俺達が差し伸べることは簡単だが、そしたらまた別の誰かが標的になる。犯人を探し粛清しても別の者がを繰り返す」


「……ならどうすれば?」


「俺達が出来るのは、警護と育てることだ。カレンがそんなみにくいい者に負けないように育てることだ。醜い者達が改心出来るように育てることだ」


「それは理想論です! 殿下!!」


「かもな? でも最後は本人に頑張って貰うしかないからなぁこればっかりは……」


「そんな!! 殿下!!」


 そう言って自分の頭を掻きながら苦笑いする殿下とは対象的に、怒った表情のままのダニエルさんに私は不敬にも少し嬉しく思った。


 私の為に心配し駆け付け、怒ってくれる人が居る。

 私の弱い心を叱咤激励し、負けるなと応援してくれる人が居る。


 どちらもとても有難いことだ。私はこの人たちの思いに応えなければ!



「ダニエルさん、殿下。私大丈夫です! 強くなります!! やられたらやり返すぐらいの気持ちで!!」


 私がそう言うと、ダニエルさんは驚いた表情で口をポカーンと開け、殿下は嬉しそうに笑いながら言った。


「カレン、その調子だ! ぶっ放してやれ!!」

 ぶっ放すって……。


「ああ、ならカレンも護身術を学ばないか?」


「え? 私が護身術? ですか?」


「ああ、侍女の中には女主人を護る為に、護身術を身に付けている者も結構いるぞ? 護衛が付いていても、着替えの際や馬車の中などは、どうしても女だけになるしなぁ」


 なるほど! 護身術か! 良いかも!!


「護身術。是非私も学びたいです!」


「え? 本当にやるの? カレンちゃん??」

 かなり驚いた表情のダニエルさんに私は元気に答えた。

「はい!」


「ハハハハハッ。その調子だ! カレン! 強くなれよ!」

「……殿下」

 何故か頭を抱えるダニエルさんがいた。


「殿下。如何なさいましたか? このような所に起こし頂いて。御用があれば此方から参りましたものを申し訳ございませんでした」


 ちょうど侍女長様が帰って来られたと思った途端、侍女長様が深く殿下に頭を下げた。


「いや、いい。それより話があってね?」

 そう言って殿下が私とダニエルさんに視線を移す。


「ダニエル。カレンちゃんを連れてビクトルの所へ。護身術の件をビクトルに」

「は! 承知しました。カレンちゃん行こう」

「は、はい?」

 ダニエルさんの案内で私はビクトルさんの所へ向かうこととなった。



 ──二人が去った侍女長の執務室の中では。


「誠にこの度の件はわたくし……」

「謝罪は良い侍女長。より大事なのはこれからだ。貴女にはまだまだ、働いて貰いますよ? 侍女長殿?」


「殿下……」

 この方は全てお見通しなのね。やっぱりこのまま辞職するのは許されないのね……。


「この辺りでそろそろ、この腐った、反吐が出そうなに楔を打ちませんか?」

「え? 殿下……それは粛清すると言うことでしょうか?」


「いや、改心するなら一度は認めよう。王城でのに。陛下には私からがあったと報告します。城内での盗みは厳罰ですからね? この件は私に一任するよう陛下にも進言します」

「殿下!」

「ご心配には及びませんよ? 侍女長は本日私の命令でお使いに出ておられたんですからね?」

「……貴方様と言う御方は本当に……何処までこの私を、こき使うのでしょうねぇ? 大きくおなりになりましたね。エリック様……」

「君はちょっとばかり老けたか?」

「殿下……」


「ああ、この件は明日の朝礼で皆に周知して下さい。城内で物盗りが起きたから皆も注意するようにと。そしてを知っている者が居たら申し出るようにと。もし知っていて隠すなら同罪だと。近衛が指名した侍女の主は近衛隊だ。そしてその近衛隊の主は俺だ。次期王太子に喧嘩売った借りはきっちりお返ししますよ。王族とそれを護る騎士を敵に回したことの浅はかさを思い知ると良い」


 王子の乳母として城に上がって20年、初めて見せた冷徹で、一切の迷いのない強い決意の眼差しに私は驚いた。そのお生まれのせいか、あまり自分の感情を表に出すことは普段からしないエリック様。


 一体何がここまで彼を変えたと言うの?


 幼い頃から賢明ではいらしたけれど、その性格は温厚で誰にでも好かれる優しい性格のエリック様が、粛清を厭わないと?



「では、頼みましたよ? マリア?」

「殿下その名前は……」


 頬が少し赤くなった、かつての乳母で躾係の侍女長に、にっこり微笑んで告げた。


「ああ、忘れるところでした。ポケットにある物を渡して下さい。侍女長」


「…………」

 私は渋々、一通の封筒を殿下に差し出す。その表書きには……。


 ──「辞職願」と綺麗な文字で記されていた。


 目の前でを破り捨てた殿下が去り際に一言。


「マリア、今回の罰として君には退職を一年伸ばす。これでもっとしっかり働けるよ? 頑張ってね? 老けないように?」


「……貴方様は、鬼ですか……」


「ハハハハハッ じゃあな。マリア」












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