第18話・ぶっ放しております

 ──翌日。毎日の朝礼が何やら物々しい雰囲気だった。


 侍女長様と、官僚の方数名。そして! 殿下までもが!


 皆、そのいつもと違う異様な雰囲気にざわついていた。


「では朝礼を始めます。その前に皆さんにお伝えしなければいけないことがあります。昨日この城内において、窃盗事件が起こりました。窃盗事件は重罪です。犯人を見た者が居たらこの後、私に報告するように。そして知っているのに黙っているなら、その者も同罪とします」


 え? 窃盗? 何も盗まれては?

 あ! そう言えばリボンが1本無くなっていたわね? 

 それが窃盗に?

 みんなが侍女長様の言葉にざわつく。


「窃盗だなんて……」

「怖いわねぇ……」

「犯人は捕まったのかしら?」

「サラさん?」

「知らないわよ? 何も?」

 私は何も盗みはしていなかったはず? 窃盗? どういうこと?


「静粛に」

 侍女長様の言葉で、みんなが一瞬で静かになった。


「今回の件を受けて、畏れ多くも貴女達の安全確保の為に、エリック殿下自らが我々の上にお立ち下さることが決定しました。今後は我々城で働く者は、エリック殿下の庇護下となります。元より我々は王家に仕えるのが仕事。殿下の御厚意に感謝し、今まで以上に日々精進して下さい」


 殿下がゆっくりと前に進むそして。


「城内で窃盗などと物騒なことが起きたのは、王族である私の責任だ。この重きを反省し、二度と同じことを起こさせないと約束しよう。そして、このような愚かな行動を取った者は、我がアルタニアに弓引く者と捉え、私は粛清を辞さないつもりだ。だから安心して仕事に励んでくれ。皆を不安にして申し訳なかった」


 そう言って、何と殿下が私達に頭を下げたのです。


 それには、私達侍女だけでなく、侍女長様や、官僚の方が殿下を止めに入ったが、殿下はそれを制し、深く頭を下げた。



 殿下……。




 その後、普段と同じ朝礼が行われたが、みんな先程の殿下の御姿のせいか、声を発する者は一人も居なかった。







 ──それからニヶ月程が経ったが、犯人は分からないままだったが、皆がそのことを忘れ、平和な日々がこのお城に戻っていた。

 私はと言えば最近──




「やぁ!」


 ドサッ


「次お願いします!」


 ドンッ


「やあ!!」


 ドスンッ




「おい、誰だよ。カレンちゃんに護身術習わせろって言ったの……アレ護身術必要か?」

「まさか、あんなにカレンちゃんが力持ちだとはな……」

「人は見かけによらないって典型的な例だな……」



「カレンちゃん。そろそろ休憩にしないか?」

「ああ、そうね? サミーさんありがと」


 そう、最近私は楽しみが増えたのです!

 殿下の勧めで護身術を習いに騎士団の方に御指南頂きに来たんですが、これが面白くって。


 相手をぶん投げる時のこの爽快感!


 殿下ではないけど最近、わたくし「ぶっ放して」おりますのよ? オホホホホホッ。



「だいぶ慣れて来たようだなぁ? カレンちゃん」


「あ! 隊長! お世話になっております!」


「……隊長ってカレンちゃん。カレンちゃんにまで隊長って呼ぶの止めてくれよ?」

「え? 隊長は隊長です!」


「カレンちゃん、剣術も覚えてみるかい? カレンちゃんなら、そこそこやれると思うぞ?」


「剣術ですか?!」

 私はその言葉に歓喜した。


「「「「隊長!!!! 勘弁してくださいよ」」」」


 村では体力だけは自慢だったのよね。だって毎日重い水を貯水場から担いで家まで往復して、家が風で揺れたら、大木を切って柱の支えにして。村のみんなと一緒によく木登りもしたわねぇ。毎日野山を駆け回っていたあの頃が懐かしいわね?


 また村のみんなに手紙を書きましょう。そして少ないけれど皆さんに仕送りを。

 私はお給金が出たらその中から毎月村に仕送りをしていた。村長様を始めとして、皆さんもう十分だから、仕送りは要らないと言ってくれるけれど、今の私があるのは皆さんのお陰ですもの。

 

 村長様からの手紙で、私が送ったお金で、洗濯機を買ったと書かれてあったのを見て私はとても嬉しかった。


「おお、中々頑張っているようだね? カレン?」

 突然後ろから声が聞こえた為、振り返る。


「殿下!」


「おや? 大きな糸くずが! ちょっとそのままで」

 え? 

 それはほんの一瞬の出来事だった。

 殿下の指先が私の髪に触れるか触れない程度。

 そして、殿下がお側に近づいた時に、ほのかに香る柑橘系の匂い。


 思わず私は恥ずかしくなり下を向いてしまった。


 最近は騎士様に囲まれて侍女としての仕事や、こうして護身術を教えて貰うことにより、男性が近くにいてもあまり意識することがなくなっていたのに……。


 そう言ってにっこり笑って私に取った糸くずを見せてくれる。

 それは、殿下が言う通りかなり大きな糸くずで、私は再び顔が赤くなってしまった。


「ごめんね? 女性に失礼かとは思ったんだけど、まぁカレンなら大丈夫かな? と思って。このまま帰ると、また溝ね……いや失礼ハハハッ」


 溝ねずみ事件のことを、今だに揶揄う殿下に対し、普段なら恥ずかしくて赤面してしまう私だが……。

 何故か今日は胸が苦しく感じる。どうしたんでしょう……。

 殿下の何気ない行動に、何故かドキドキしてしまうこの感情に戸惑う私に、


「ところでカレン、剣術も習うなら俺が昔使っていた木剣を使わないか?」


「え? 殿下が使っていた木剣をですか?」


「ああ、子供の頃の物だから小さめで軽いし、カレンのような小柄な女性には丁度良いと思うよ? 捨てようと思っても何となくね? 他の誰かにと思っても良い相手が居なかったんだよ。カレンが使ってくれるなら俺も嬉しいしねぇ。どうだい? お古で申し訳ないとは思うけど」


 殿下が使っていた木剣を私が……。


「あ! 心配ないよ? ちゃんと綺麗に保管していた物だから、多少の傷は残っているけど、練習に使うなら十分だよ? 匂いも残ってないはずだ。ハハハハハッ ちゃんとクリーニングして保管してあるしね?」


 殿下の匂い……。

 一瞬、先程の殿下がお側にいらした時に香った、柑橘系の匂いを思い出す。

 頬が赤くなってしまった自分を恥ずかしく感じていたら、


「ああ、あれか? エリック。あれなら良いかもなぁ? 俺も考えてたんだよ。剣術やるか? って言ったのは良いけど、俺らが使ってる木剣だと長過ぎるし困ったなぁと。特注するしかないかなぁと思ってたんだよ」


「ビクトルと最初に買いに行っただよ」

「懐かしいなぁ。アレまだ持ってたのか?」

「何となくね。ビクトルにイジメられて、泣きながらあいつを抱いて寝てたの思い出すわ」

「よく言うわ。ハハハハハッ」



 殿下と隊長の昔話を楽しく聞いていると、


「おーーーーい。カレンちゃん。侍女長様が大事な話しがあるから今直ぐ来てくれって」


 侍女長様が私に大事な話?

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る