第19話・未来の王妃様に(1)
──侍女長様の部屋にて
「カレン。貴女に大事な話があるの」
? 普段の侍女長様も一見堅い雰囲気はあるけれど、今日は何だかとても真剣な眼差しで私を見る。
「何でしょう? 侍女長様」
「カレン。貴女セーラ様はご存知よね?」
──セーラ様? 何処かで聞いた名前……はて?
は! 思い出した!!
「殿下のご婚約者様!」
「そうです。その御方が、見聞先よりお戻りになり先月からこの城にお見えになっている話は以前の朝礼でしましたね?」
聞いたけどそれが何か???
「ところで貴女、セーラ様にお会いしたことがあるの?」
侍女長様の質問の意図がよく分からなかったけれど、お会いしたことがまだ無かったので正直に答えた。
「いえ。御座いませんが?」
「……そう」
侍女長様が、何やら酷くお疲れな顔をされ、珍しく深く溜息を吐いた。
「実はね。先程セーラ様のお付きの方から言付かって、カレン貴女を自分の侍女にするようにと……」
え?
ええええええええええ?
殿下のご婚約者様ってことは、将来の王太子妃、いや将来は王妃殿下になる御方が何故私に?
しかもお会いしたこともない私に?
「規約上はまだご婚約者様であって、王太子妃ではないから三位の貴女がお側に付くことは問題ないわ。しかし……貴女も知っての通り、セーラ様は……何かと……」
侍女長様が言葉を濁された。
それもそのはずでセーラ様と言えば、ご留学を終え、本格的にこの城での「お妃教育」が始まったと聞いたが、その内容は……。
セーラ様はとても気難しい……いえ神経質? でいらっしゃるのか? 城に上がられてから1ヶ月程の現在、側に仕える侍女は既に20人以上セーラ様から「クビ」を言い渡されている
「侍女長様、セーラ様にはご実家から伴って来られた御方がおいでだと、聞きましたが?」
「その方がご実家にお戻りになるそうです」
え?
えええ?
「それで、何故か? 貴女を自分の侍女に『指名』したいと申し出があって」
「え? でも私は既に……」
「そのことも先方にお伝えしました。近衛と次期王太子妃とどちらが大事なのかと……強く申され。それに『指名』の掛け持ちは可能のはずと申されては。後は貴女の意思のみです。ただ……貴女も知っているように、高位の貴族、ましてや次期王太子妃からの申し出を、我々臣下がお断りすることは些か……」
侍女長様もこの事態にかなりお悩みのようで、顔に疲労の色が隠せない様子だった。
でも、次期王太子妃様の侍女に指名されるのって、侍女としては栄誉なことよねえ?
殿下とお約束した、一人前の侍女になって殿下のお側に付くと言う約束。
殿下のお側に……。
何故か殿下の笑顔が浮かんだ。
お側で私がお世話をさせて頂いている光景が……。
はっ! 何て畏れ多いことを!
先程から何かおかしいわ……。
殿下が私の糸くずを持って笑ったお顔が、頭に焼き付いて離れない……。
殿下にはご婚約者様もいらして、それに私のことなんて、妹のようにしか思ってらっしゃらないと言うのに……。
「カレン。ゆっくり一日考えてからでも良いのよ? あまり長くはお待たせ出来ないけれど、一日ぐらいなら?」
それに私だって、殿下のことは兄のように? いえ? それは違うわ。
いつか殿下に一人前の侍女として認めて貰いたいと思っているこの気持ちは?
殿下のお側で、お役に立ちたい。そう、今の私の目標。
私にとって殿下は目標であって、決してそれは異性としての感情ではないわ。
異性としての感情……。
いいえ。いいえ。そんなはすがない。
──殿下は私の憧れであって目標だわ。
「カレン? カレン? 聞いてるの?」
は!
何の話だったかしら? そうだわ! セーラ様のことだわ!!
私ったら……。
「申し訳ございません……」
「まぁ突然のことで貴女も驚いたでしょう。今日一日ゆっくり考えてからで返事はいいわ。明日私に答えを聞かせて頂戴?」
「は、はい……」
侍女長様の部屋を出た私は、フラフラと廊下を歩いていた。
「カレンちゃん? どうかしたの? 浮かない顔して?」
「ダニエルさん? どうしたの?」
「ああ、ちょっと気になる噂を聞いたんで、確かめにと思ったんだけど丁度良かったよ」
「え? 気になる噂? 丁度良いって?」
「ああ、セーラ嬢のことさ」
「流石に早いわねぇ。先程私も侍女長様からお話を聞いたばかりよ?」
「やっぱり、本当だったんだね?」
心配そうな顔で私を見つめるダニエルさんに、私は無言で頷いた。
ダニエルさんはいつも私のことを、優しく見守ってくれた。
初めて、お城に上がったあの日からずっと。
溝ねずみが懐かしいわね? ふふふっ
「ん? どうしたんだい?」
「いえね。こうしてダニエルさんと二人で話していると、初めてお城に上がったあの日を思いだしちゃって……」
「ああ、アレか! 溝ね……いや…懐かしいねぇ」
「もう、ダニエルさんてばぁ! その話はナシで!! ってもう忘れて下さいってばぁ」
「アハハッ。
本当にダニエルさんの言う通りだ。ドジばっかりやって、みんなに笑われていた私が、次期王太子妃様の侍女だなんて。夢みたいな話だわ。
でも、それもあの時ダニエルさんが声を掛けてくれたから。一人で不安な気持ちをダニエルさんが優しく接してくれて、初めて「仲間」だと言ってくれた。
いつもダニエルさんには救われていたわ……。
「で、どうするか決めたのかい? カレンちゃん?」
──どうするか……。
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