第27話・愛の逃避行大作戦(3)

 ──見えたわ!!


 馬車の中で座っていると、磯の匂いがしてきた。

幸い、王都から港へは直ぐ近くだった為に陸路より海路を選択していた。

 

 ここアルタニア王国は、大海に出る海峡の一部が丁度細くなった西に位置していて、この運河を利用するとセーラ様の目的の地、ノールディン王国へは比較的短時間で行ける。そのお陰からか、古くから両国はとても友好的関係にあった。互いに留学生を受け入れたり、技術開発の協力なども行っている。


 但し、アルタニア王国の方が国土がかなり狭い為、力関係だとノールディン王国には劣っているのが現状だ。


「セーラ様!」

「カレン!!」


「有難う。本当に有難う。元気でね? カレン! 向こうについたら絶対に手紙を書くわ!」

「セーラ様! 私も絶対に書きます。お元気で。そして必ず幸せになって下さい!」


「カレン。これを! これを必ずビクトル団長に渡しなさい! セーラが大事な事を書いてあると!

 そしてビクトル団長の叔母上様に必ず届けるようにと! そして此方の手紙はエリック殿下に」


 そう言って別れ際にセーラ様が私に二通の手紙を押し付けるように渡した。


「カレン、頼んだわよ! 必ず渡すのよ!!」



 ──カランカラン


 出発の合図をする鐘が鳴った。


「セーラ様、お元気でーーーー!!」

「有難うカレンーーーーーー!!」




 私は船が桟橋を潜り見えなくなるまでずっと、手を振っていた。


 セーラ様……。

 エドガー様と幸せになって欲しい……。



 さぁ、戻らなくては! 私の仕事はまだ残っているわ!



 私は急いで馬車に乗り、王宮へと戻った。




「ハァ。ハァ。ハァ……」


 私は主人の居なくなった部屋で一人床に座り込んだ。



 ──本当にこんなことをして良かったのかしら…………。



 何も起こらなければ、今日の夜には隣国にセーラ様は到着するはず。

 セーラ様が留学していた際に、仲良くしていたパン屋の娘さんとそのご両親に手紙を出し、セーラ様を迎えてくれることになっている。

 最初は凄く驚かれた様子だったが、セーラ様の熱意に負け今回の逃避行に協力してくれることになったご家族。

 今では、どうしても困ったらエドガーさんとセーラさんでパン屋を一緒に手伝えば良いとまで言って下さった。


 本当に感謝しかないわ。それもこれも、セーラ様のお人柄のお陰だわ。


 最初は、気がきつい、我儘だと噂されていて私も心配していたけれど、それは間違いだった。

 セーラ様は「間違ったこと」を「それは間違いだ」とはっきり言える人だった。

 相手がどんなに身分が高い人であろうと。

 そんな真っ直ぐな性格の為、誤解を招くだけだったんだわ。


 そのセーラ様は、今回のこの「愛の逃避行」は「間違っていること」だと自分ではっきり言った。


「でも人生は一回きりしか無いんだから後悔したくないの。私は私らしく生きるわ! ぐらいは間違った選択をしても神様も目をつぶってくれるんじゃないかしら? 私って悪い子かしら?」

 と、真剣な眼差しで私に聞いて来た、セーラ様に対し、私は首を横に振ることしか出来なかった。



「だってセーラ様がしたことは、ただの家出じゃない! 家を出るのに何故責められないといけないの? 王子の婚約者だから? 周りに迷惑掛けるから? 王子の婚約解消なんて、いくらでも聞く話だわ! それの何処に責められることがあると言うのよ? 元々好きな人がいた娘を黙って無理やり王子の婚約者にした人には罪はないの? セーラ様は悪くないわ!」


 私は誰も居ない部屋で一人、廊下に漏れない程度の声で怒りを呟いていた。



「ハァ。ハァハァ。ハァ」


 ──床には私の涙の雫が沢山落ちていた。


「幸せになってね。セーラ」




「人生一度きり、後悔のない人生を私は送りたい」

 セーラが残した言葉を私は思い出した。


 私は私らしく生きているかしら?

 今の自分を愛しているかしら?




 ────セーラ様の部屋を出た私は制服に着替え、王宮の広間へと向かった。

 夜は此処で「豊穣祭」の最後の宴が催される。


 現在の時間は16時。

 そろそろアルタニアの国境を越えた頃かしら?


 私はセーラ様の無事が気になったが、その気持ちを誰にも悟られてはいけない為「冷静に、落ち着いて、優雅に」と何度も頭の中で繰り返し呟いた。


 そして、セーラ様からお預かりした手紙を持って、第一騎士団の近衛隊長の執務室を訪ねる。

 この時間ならまだお部屋におられるはず。

 もう少ししたら晩餐会の警護の為、ビクトル隊長も忙しくしているけど、まだきっと大丈夫。


 私はドアをノックした。


「ビクトル隊長。カレンで御座います。お預かりの物が有りお届けに参りました」


 ──ガチャリ


「ん? カレンちゃん? どうした?」


「キャッ」


「ああ、すまんすまん。俺達幹部はスーツに着替えろと言われてなぁ。面倒だけど仕方なく着替えてたところさ」


「…………」

 初めて見た男性の、上半身裸の姿に私は赤面しながらも、セーラ様からの手紙と伝言をビクトル隊長に伝えた。


「セーラ様より、ビクトル隊長に伝言を承って参りました。此方の手紙を必ず、ビクトル隊長ご本人の手でビクトル隊長の叔母上様に渡して欲しいと」


「え? 叔母上様に?? セーラ嬢が???」

 突然の申し出にビクトル隊長は、驚いた表情で私に言った。



「ええ、大事な事を書いてあるから、必ず渡して欲しいと」


「セーラ嬢が、叔母上様に大事な用事かぁ……わかった。丁度これから王妃殿下の所に向かう予定だったんだ。これを届けにね」


 ビクトル隊長が私に笑顔で見せてくれたのは、マーガレット王妃殿下に宛てた市民からの手紙だった。

 豊穣祭に訪れた市民が、妃殿下へのお礼の言葉や、激励の手紙の数々だ。


 ビクトル隊長の叔母上様が、マーガレット王妃殿下のお世話を現在されているとセーラ様に聞いた時は驚いたけれど、エリック殿下の教育係をされていた方だ。きっとマーガレット王妃殿下も信頼しておられるのだろう。



























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