田舎者なめんなよ! 追放? ふん!~田舎娘は王子様に出会い恋をする。そして本物のお姫様になりました~

蒼良美月

第1話・始まりの日

 ──とある辺境の山奥、全人口を足しても100人にも満たない小さな村の中心にある村長宅前には、珍しく朝早くから多くの村人が集まっていた。


「カレン、身体には気をつけるんだよ? 辛くなったらいつでも戻って来て良いんだからね? この村はあんたの故郷なんだから。私達村の者は、みんなあんたの親代わりみたいなもんなんだからね?」

「カレン、お前ならきっと大丈夫だ。でも無理はしたらいけないよ?」


「ありがとう、おばさん達も元気でね? あっちに着いたら必ず手紙を書くわ。本当に今までお世話になりました」

「カレン姉! 俺、大きくなったら絶対、王都の騎士になってカレン姉を守るからな!」

「ええ、絶対よ? 待ってるからね?」


「カレン、これが儂からの紹介状だ。無くさんようにな? それとこれは、村の皆から集めた物だ。少ないけれど、何かに使いなさい。儂らからの餞別じゃ」


「村長様! そんな!! 今までずっとみんなにお世話に成っ放しの上、こんなことまで……とても受け取れないわ……」

 私はとても申し訳ない気持ちで、村長様を始めとする、見送りに来てくれた村の人達の顔を一人ひとり見る。

 今にも泣きそうになるのを、必死で堪えるのが今の私には精一杯だ。

 彼らにはいつも助けて貰って、感謝の気持ちしかないわ。


 両親を早くに亡くして祖母に育てられた私にとって、村の人達はみんな親戚のようなもの。

 そんな人達から餞別なんて……。


「何を言っておるんじゃカレンよ。世話になったのは儂らの方じゃ。あんたの婆さんには儂らは全員世話になっていたんじゃし。それにカレン、あんただって頑張ったじゃないか?」

「そうだよ!! カレン! 遠慮するこたぁねぇ。少ないけどこれは俺達の気持ちだ。受け取ってくれ!」


「皆さん……」

 泣かないと決めていた私の目から水滴が零れ落ちそうになるのを、私は青く澄んだ空に視線を移すことで何とか踏ん張る。


「そうよ? それに何も村を出て行かなくても……あんたのことは私達も娘のように思っているんだから。うちで一緒に暮らしても良いのよ?」

「おばさん……」

「お前その話はもう……」

「だって……あなた……」

「泣かないで? おばさん。絶対手紙書くから! それに一生会えないわけじゃないんだから。ね?」




 ──「カレンさん。そろそろ?」

「分かりました。助かりますロキさん。皆さん、本当に今までありがとうございました。お世話になりました。元気でね!!」

 私は胸が締め付けられそうになる痛みと、込み上げる気持ちを必死で我慢し、精一杯の笑顔を作り、小刻みに震え出した目尻に力を入れ、涙が零れ落ちるのを必死で堪えながら見送るみんなに大きく手を振る。


「ありがとう! 皆さん。今までお世話になりました~ 本当にありがとう。お元気で~~」


 ──今日は新しい門出の日。絶対に泣かないって決めたんだから。

 だから泣いてはダメ。下を向いてはダメ。

 これは別れじゃない。新しい出発への始まりの第一歩。だから笑顔で、いつか再会を祈り精一杯笑った。


「ロキの旦那、カレンちゃんを頼んだぜーー」

「カレン。元気でねーー」

「頑張れカレン!」

「王都の奴らなんかに負けるなよ!! カレン!」



 遠くに見える深い緑色に輝く山々と、何処までも続く麦畑に黄金色になった麦の穂が揺れる。

 細い土道の小脇に咲く可愛らしい小花。その脇で微笑むように咲き始めた向日葵達。初夏の爽やかな風が吹き抜ける。


 ──私の大好きなナリス村。私はこの美しい風景を絶対に忘れない……。



「本当に私は恵まれているわ。こうして皆さんに助けて頂いて。この御恩を無駄にしない為にも、いつか皆さんにお返しできる日を目指して、絶対に王都で頑張って働くわ!」


 村に定期的に来て下さっている行商人のロキさんの好意で、王都に行くロキさん達の馬車に乗せてくれることになった私は、幌馬車の荷台で揺られながら、まだ見ぬ王都へ夢膨らませていた。



 ──両親を早くに亡くした私を、祖母は今まで大事に育ててくれた。でもその最愛の祖母が二ヶ月前に老衰の為亡くなった。

 祖母を見送った後、他に身寄りのない私は色々悩んだ結果、村を出て働くことを決心した。


 そんな時、ちょうど運良くお城での者を募集していると聞きつけた村長様が、親切にも私に紹介状を持たしてくれ、名残惜しいが急遽の出立になったのだ。




 村を出た私達はロキさんの馴染みの宿を転々とし、10日目の昨日夕方に、やっと待ちに待った王都に到着した。朝になるのを待って、念のため指定された正午より早めに城に向かう為、出発した。私は、ここまでお世話になったロキさん達にお礼を言い、お城の近くの広場で別れた。




 ──この道を曲がって……ブツブツ。

「この地図だと、この辺りなんだけどなぁ?」

 村を出る時に村長様に書いて貰った、地図を見ながら辺りをキョロキョロ見渡す。



 ドンッ!

「おい! 何処見て歩いてんだ気をつけろ!」


「ご、ごめんなさい。本当にごめんなさい!」

 ど、どうしよう……。

 私が余所見していたせいで、この方にぶつかってしまったわ!!

「おじさん。ごめんなさい。本当にすいませんでした」

 私は、必死で何度も何度も頭を下げる。


「お、おう、気をつけろよ?」

 私の不注意で迷惑を掛けてしまったにも関わらず「気をつけるように」とまで、気遣って下さって何て親切なんでしょう!!

 王都は怖い人が多いから気をつけろって、村を出る時みんなに言われたけれど、そんな心配は必要ないみたいね?


 男性はとても大きな体で、顔中にお髭があり、まるでクマさんみたいで私は思わず笑ってしまう。

 ふふふっ。でも笑ったら失礼ね? 

「おじさん、すいませんでした。ありがとうございました。また何処かで~~さようなら~」


「あ、ああ、またな?」


 さぁ。急がなくっちゃ!!



「あった! ここだわ! って……ある程度は予想していたけれど……。まさかここまでとは……」


 初めて見る王都の人通りの多さや、キラキラ輝いて宝箱箱のような町並み、行き交う人々は皆、高貴なお貴族様のようにお洒落な姿で颯爽と歩く。そんな心躍る光景に先程から私は圧倒されていたが……。


「え? 何ここ??」

 思わず大きな口をあんぐり開けてしまい、次の言葉を失う──。


 私の目の前に広がる光景は、子供の頃見た絵本と同じ。

 真っ白にキラキラ光り輝く壁が、まるで天まで届くかのように聳え立っていて、その大きさは左右の端が見えない程、果てしなく続いていた。



「こ、こ、こんな、こんな所で、私が働けるの? す、素敵!! なんて素敵なんでしょう!! 何この夢のような場所は? こんな所があったなんて!!」

 

 私はあまりにも嬉しくて、まるで天まで翔んで行きそうな軽やかな気分になり、自然とニマニマ頬が緩むのを感じつつ、村長様からの紹介状を門番の方に見せようとした時、門の向こうから、走って来た騎士様と見受けれる男性が、何やら? 大きな声で私に言う。


「ああ、アンタか? 中々来ないからどうなってるのかと思ったよ。約束の時間は9時のはずだぞ? もう、初日から遅刻かよ!! さぁ、さっさと入れ! もう新人達の挨拶は終わっちまったじゃないか! ったくよぉ。ほら急いで!」


 え? 9時? 私が聞いていた話ではお昼時にと。12時に来るように言われたはず……。

 聞き間違えたのかしら? 村長様? 

 でも仕方ないわ。直接確認していなかった私にも責任が。


「申し訳ございません。騎士様? 此方が紹介状です」


「あ、ああ、時間がない。急ぐぞ! 確かナリスだな。さあ、早くしろ! 長様がカンカンだぞ!」


 え? ナリス様のは合っているけれど、私の名前はだけど?

 まぁ走りながらだから、読み間違えたのね? お急ぎのようだし……。





 ──この時、騎士がを見て、

karen.naris──(と書いてあったのを)

karena.naris──(だと思い込んだまま)

 うっかり読み間違えたことで、カレンのこれからの人生が大きく変わることになる……。


 

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