第二章

第22話・初めての友達

 私は今、侍女長様と一緒に廊下を歩いている。城に来て何も分からない私に、毎日熱心に教示して頂いていた頃以来かも知れない。こうして侍女長様とご一緒に「仕事場」へ向かうのは。


「セーラ様、侍女長のマリアで御座います。本日より此方でお世話になる者を連れて参りました」

 凛として張りがあり、それでいて大き過ぎず、清々しい朝に丁度良い響き。


 入室の許可があり、侍女長様の後に私が続く。

 紹介の挨拶を終えた侍女長様が、部屋を退出された。



「カレンと言ったわね? お茶を淹れてくださる?」


 侍女長様が退出したと思うと直ぐに、いきなりセーラ様が私に仰った。


「畏まりました」


 私は軽く会釈をして、キッチンに向かう。

 先程、侍女長様が退出される際、セーラ様は不快そうな顔をされて、扇子で軽く扇いでおられたように見えた。


 今日はこの時期にしては珍しく、夏を感じさせる程、朝から気温がかなり上がり、高くなった空は真っ青で、日差しがカーテンをしていても部屋の中まで入り込む。


 それにセーラ様が留学なさっていた国は、この国より北に位置していて、かなり涼しく、夏場には避暑地として訪れる者も多いと、資料に書いてあったはずだわ。


 そう思い私は、茶葉には清涼感がする物を選び、茶器に用意した。

 それとは別に、子供の頃夏の暑い日によくお祖母ちゃんが作ってくれたアレを用意した。

 グラスに氷をたっぷり入れ、櫛切りしたライムとミントの葉を入れ、炭酸水とシロップを注ぐ。そしてお好みでと、ハチミツを一緒に用意した。



「お待たせしました」

 そう言って温めた手拭き用のタオルと、紅茶をお出しする。そして──


「セーラ様。宜しければ此方もどうぞ。祖母に教えて貰った物ですが、爽やかな味わいでとても美味しいんですよ」

 笑顔で私はセーラ様に言った。


 セーラ様は、クリクリとした綺麗なエメラルドグリーンの瞳を大きく見開いた。


「カレンと言ったわね? 貴女もそこに座って。その珍しい葉っぱがウヨウヨした飲み物の飲み方を教えて頂戴」


 そう言ったセーラ様の言葉に私は、内心かなり驚いたが、侍女様の教え「冷静に落ち着いて、優雅に美しく」を守る為、セーラ様の言葉に従い、もの一つ新しいグラスを追加で用意する。但し今回は少々を掛ける。


 今日の為に持って来ていた、故郷の田舎から届いたマメ科の植物の花を乾燥させたハーブテイーをグラスに注ぐ。


「まぁ!!」


 透明なグラスに綺麗なコバルトブルーの液体が揺れる。


「此方もお試し下さい」

 私のその言葉にセーラ様はとても嬉しそうに、グラスを手に取り口にする。味はくせがなく爽やかなハーブティーの味だ。


 そして、このハーブティーには魔法の効果が。


「セーラ様、お好みでこのライムをお入れ下さい」


 私の言葉に元々大きなセーラ様の瞳が、より一層大きく見開き、興味津々で身体を乗り出してライムを手にする。

 ライムの櫛切りと、絞ったライムの果汁を少し入れるよう促すと。


「まぁ! 何てこと!!」


 先程まで綺麗なコバルトブルーだった液体が、一瞬で紫色に変色した。


 セーラ様は驚いたお顔をされたが、急いで口にされる。


「あら。美味しい!」


「暑さが残る、本日のような日には丁度良いと思いまして」

 私は、精一杯優雅に微笑む。


「カレン。こっちの葉っぱのは? それもお願い!!」

 まるで小さな子供のように次を急かすセーラ様の御姿に私は、微笑み最初に用意した炭酸入りのミントティーをお出しする。


「これも美味しいわ!!」


 そう言って、ゴクゴクと飲み干されたセーラ様は、笑いながら私に言った。

「今のは内緒よ? 久しぶりに笑ったわ。貴女を指名して良かったわ」

 そう言ってセーラ様は私の手を取った。



 この御方が、殿下の……。

 その御姿は非の打ち所が無い程、完璧でお美しいのに、こんなに人懐っこい笑顔で笑われる。

 本来なら高貴な身分の女性が、ゴクゴクと飲み物を人前で飲み干すなど有り得ない。

 だがその姿までも、凛としてて美しく見え、何処か品がある。


 これが生まれながらのお姫様なんだわ!


 殿下のお側に立つのに相応しい本物のお姫様……。


 私には無い生まれながらの高貴な上品さ……。


 何故か一瞬、胸がズキンと痛くなったが、ミントの葉や、マメ科の花のお茶の作り方に興味を持たれたセーラ様に、僭越ながら祖母に教わった作り方をお話する。





 ──その日から年の近い私達は、主従関係ではあるが、色々と雑談もするようになった。

 セーラ様は色々な事にとても興味を持たれ、私が話すたわいも無い話をとても楽しそうに聞いてくれた。


 この日も私が子供の時、木の実が欲しくて木登りをし、木から落ちた時の傷跡が、頭皮に今も薄く小さくなったが残っていることを話すと、大笑いされた。


「カレン。これハゲじゃない! 貴女これハゲてるわよ!! アハハッ。ダメもう笑わせないで、お腹が痛いし、笑い過ぎて涙出ちゃうじゃない!!」


 完璧過ぎる程お美しいお姫様のセーラ様が、扇子も使わず、大きな口を開けて涙を流しながら笑う……。

 侍女長様と教育係様がご覧になったら卒倒するであろう光景……。


 でも私はその御姿がとても愛らしく、魅力的に見えた。

 普段は高貴な美しい女性だけれど、こんなにキュートな笑顔を見せる魅力的な女性。

 殿下が選んだ御方と言うのに納得した。


 ──ズキンッ

 まただわ……。

 一瞬胸を突き刺すような痛みを覚えたが、笑い続けるセーラ様に私は静かに言う。


「……セーラ様。いくらセーラ様とは言え、年頃の娘にハゲって……酷過ぎです。それに私のはハゲでは御座いません。ほんの少しだけ、そこから髪が生えなくなってしまっているだけです」



「カレンそれをハゲって言うのよ? アハハッ。って本気で思ってないって。怒らないで? カレンごめんなさい。悪気は無いのよ?」


 私が少しむくれた顔をすると、心配そうに謝るその御姿に私は、畏れ多くも可愛いと思ってしまった。


「今度ハゲって言ったら、侍女長様に話しますよ? セーラ様?」


「ひどおおい! カレンったら! でも貴女も同罪よ? きっと貴女も怒られるんだから?」


「もう、! セーラ様ったら!」


 城に上がって、沢山の「仲間」は出来た。でも初めて「友達」と思える御方に出会った。畏れ多くも私は「私達は友達ね」って言って下さったセーラ様のお言葉に嬉しく思い、二人で笑っていた。






 ──この後、私に起こる大事件が待っているとも知らずに……。

















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