第5話・溝ねずみ(2)
──恥ずかしくなりしゃがみ込んで、汚れた服を懸命に拭いていたら、私を呼ぶ声が何処からか聞こえてきた為、その手を、はたと止めた。
「おーーい。こっちこっち! こっち来なよ~~」
騎士様が、両手を大きく振って私に手招きしている。
私は、ここに居ても仕方がないので、汚れたシーツが入ったバケツに自分のエプロンも突っ込み、バケツを二つ持って、彼が居るところへ向かう。
騎士様は私は近づくと、スッといつの間にか私が提げていたバケツを二つともあっという間に手に取った。
「ああ、そういえばまだ自己紹介していなかったね? 俺は第一騎士団、近衛隊所属のダニエルって言う名前だ。まあ仲間にはダニーとか呼ぶ奴もいるけどな? 好きに呼んでくれていいよ? で? お嬢さんは?」
彼はそう言って私の顔を見た。村の男性とは違う、キラキラした男性に見られ少し恥ずかしい気持ちになったが、私は改めてお礼を言い自己紹介をした。
「先程も助けて頂いたのに。またこうしてご迷惑をお掛けしてしまって申し訳御座いません。私の名前はカレンと言います。宜しくお願いします」
そう私が挨拶すると、ダニエルさんが笑いながら言った。
「プププ。その格好でする挨拶にしては、ハハハッ。っとこりゃぁ失礼。ってさぁ。堅い、堅いよカレンちゃん。城の侍女っていやぁ、俺達と同じ陛下を始めとする、王族のお世話をする人達だろ? ちなみに俺は、王子の護衛が任務の近衛隊だ。俺達は仕事内容は違っても仲間だ。仲良くしようよ? あ! 変な意味じゃないからね? だからそんな堅い挨拶は必要ないよ?」
仲間……。
私はその言葉にプツリと何かが切れたような感覚が。
希望に満ちた王都にやって来て、あまりにも大きな街、あまりにも大きくて豪華な宮殿に圧倒され「頑張らなきゃ!」と思う度に空回りしてしまい、失敗し……。結局泥だらけになってしまって。
「仲間」その言葉に私は今まで我慢していた涙が一気に溢れ出してしまった。
唯一の肉親であったお祖母ちゃんが亡くなってしまい、一人ぼっちになってしまった寂しさ。
長年暮らした大好きな村を離れる淋しさと、みんなと別れて見知らぬ大都会に一人で行く言いようがないぐらいの不安さ。
私は「頑張ろう。頑張らねば!」と思う気持ちに押しつぶされそうになっていた。
「お、おい……! カレンちゃん? どうしたんだ? 大丈夫か? どっか痛いのか? それともまた誰かにイジメられたか??」
ダニエルさんが、矢継ぎ早に私に聞いて来る。
違うの。何処も痛くないし、誰も悪くない。そう言おうとしたけど、後から後から止めどなく流れる涙のせいで思うように言葉が出ない……。
私は泣きながら、捲くりあげていた袖を下ろし、袖口で涙を拭う。
「ぶはっ! ハハハハハッ。あ、い、いやごめん! 本当にごめん! って。ハハハッ」
え? 笑われた?
「ごめんごめん。カレンちゃん顔付いてるって! 泥! ちょっと待ってよ? これ使いな? 俺ので良かったらだけどね」
えええええええええええ?
衝撃的な言葉に私は恥ずかしくて顔から火が出そうになった。
「ああ、笑ったりしてごめんね? でもあまりにも
そう言って、ダニエルさんは私に頭を下げながら、自分の頭を
「フフフッ、アハハハハハッ フフフッもう! ダニエルさんてばぁ。早く言って下さいよ~」
目の前で、遠慮なしに大笑いするダニエルさんの姿に、私の今までの不安感が吹き飛んだような気がして、私も一緒に笑っていた。
「ああ、そうそうこっちおいで? ここは俺達、近衛隊の簡易シャワールームだから、流石に女性のカレンちゃんを寮の風呂に入れてあげる訳にはいかないからねぇ。ここで我慢してくれるかい? 取り敢えずその泥を洗い流してさ? 制服は今、後輩が新しいの貰いに行ってくれているから、ああ。来た来た? おい! 遅いぞサミー!」
「そんなこと言ったって、
サミーさん? と呼ばれる方が一瞬私の方に視線を向けた瞬間。
「…………」
私は恥ずかしくなり俯く。
「お、おい! サミー失礼じゃないか! レディーに対して!」
「す、すいませんでした。お嬢さん?? ぷっ」
「…………」
「おい! お前!」
「すいません!!」
「「本当すいません!!」
「フフフッ。ごめんなさいね? こんな格好で? 初めまして。カレンです。サミーさん? 申し訳ありませんでした私の為に。ありがとうございます」
「い、いえ。俺の方こそ初対面の、しかも女性に向かって…っぷぷ」
そう言って頭を下げたサミーさんが頭を上げ、私の顔を見た瞬間。
「…………」
「ごめん。カレンちゃん。取り敢えずこれ、着替えとタオルね? 俺達がここで見張ってるから安心して洗い流しておいで? そうしないと……笑いが…ぷっ」
「…………」
私は無言で、頭を下げながら着替えの制服とタオルを受け取り、裏にあるシャワールームへ急いだ。
──そこにあった鏡で自分の姿を見た私は……
「アハハッ。これは笑われても仕方ないわね? ハハハハハッ」
髪はボサボサ、飛び跳ねた泥がちょうど鼻の頭に黒く丸く付いていて、頬にも黒い線が何本か付い有り、きっとさっき服の袖で擦ってしまったのね?
──その姿は、溝ねずみそっくりだった。
私は自分の顔を見て思いっきり笑ったことで、何となくモヤモヤしていた気持ちがスッキリした。
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