第4話・溝ねずみ(1)
──王宮にある洗濯場近くの廊下では、一人の少女の歌声が聞こえていた。
「お洗濯♪ おひさまぽっかぽか さぁさみんなでお洗濯♪~~」
今日は良いお天気で良かったわ。これが最後かしら? これが終わったら干しに行かないとね。
私は制服のワンピースの袖を肘まで捲くりあげ、大きなタライに入れたシーツをジャブジャブ洗濯する。
「この時期は気持ち良いのよね。お洗濯〜お洗濯♪」
──そんな中、洗濯場の前を通る侍女達が数名集まり、中の様子を遠目に見ながらヒソヒソと口々に言う。
「何なの? あの変な歌?」
眉間に皺を寄せ、露骨に不快な表情を浮かべ言っ放った彼女はサラと言い、ここ王宮に勤める侍女の中でも、王子の世話を任される程のベテランで、彼女の実家は、王都から少し東に離れた所に領地を持つ、伯爵家だった。
侍女の中には貴族出身の娘や、地方の有力者、大店の娘など裕福な家の娘が多く存在していた。だがその殆どが、王都からそれ程遠くない豪商の娘か、王都にマナーハウスを持つような裕福な貴族令嬢だった。
「あれが、ほら朝、侍女長様が言っていた? 何処だったかしら? 海? 山? から来たって言う」
「ああ、どっかの商会の子よねぇ? 山だか海だか知らないけど、どっちにしても遠い田舎から何日も掛けて来たんで間に合わなかったんでしょう?」
侍女達の中心人物であるサラの取り巻きベスとキティが、馬鹿にしたような口調で、薄ら笑いを浮かべる。
「田舎娘の分際で、王宮で侍女になんて不釣り合いなこと思うからよ。田舎者は、田舎で大人しく暮らして居れば良いものを」
再びサラは不快な顔で、歌声が聞こえて来る洗濯場を睨んだ。
「ねえ? ところで何であの子、洗濯機使ってないのかしら?」
「さあ? 田舎者だから知らないんじゃないの? 使い方?」
「アンタ教えてあげたら?」
「嫌よ。あんな子と話したら、土臭い匂いが伝染りそうだもの」
「アハハハハハッ。何よ? 土臭い匂いって」
「さぁ。そろそろ休憩の時間よ? 行きましょうか」
サラがそう言い歩き出すと、急いで二人は後を追う。
「そうね。あんな田舎娘のことなんてどうだっていいわ」
ここ王城で働く、
「よし、終わったわ。さぁ干しに行かないと!」
洗い終わったシーツをタライから大きなバケツに移し、それを一つずつ両手に持つ。
「よいしょっと。結構重いけれど、体力だけには自信あるしね。さぁ急がなくっちゃ」
水を吸ってずっしりと重くなったシーツは、普段は台車を使うか、無い場合は通常二人がかりで
そんなことを、知る余地もないカレンは、一人で両手に持ち、元気に庭の洗濯干場に向かう。
両手に重いバケツを持ち、お仕着せの紺色のワンピースの袖を豪快に肘まで捲くり上げ、額に汗しながら運ぶカレンの姿を見た、他の侍女達や女中達は、彼女のその行動を嘲笑う。
カレンを見て、激しい不快感を露わにしていたサラが、側に居た侍女や女中達に目配せする。
それを見た取り巻きの侍女達は、ニヤニヤしながら頷いた。
カレンがバケツを持って、洗濯場に向かおうとして歩いていると、その進路に何個かの大きな石が何処からともなく投げられた。
「っ痛!」
その中の一つの石が彼女の足首に直撃した瞬間、カレンはバランスを崩し、よろけてしまい地面に膝をついてしまった。
──バシャッン
その瞬間、バケツの中のシーツと、絞ったシーツから出た水が地面に勢いよく流れ落ちてしまい、膝をついてしまった彼女のスカートやソックス、靴は泥だらけになってしまった。
無論、手で一生懸命に洗濯し終え真っ白になったシーツにも、黒い泥が無数に飛び散っていた。
そんな彼女を見て楽しそうに嘲笑うサラ達は、声高に笑いながら、その場を去って行ったのだった。
「ああーーあ。やってしまったわ。私ったら相変わらずそっそっかしいわね。本当に……。そう言えばよくお祖母ちゃんに叱られていたわね」
ふと、故郷のナリス村の人達や、亡くなった祖母の顔が思い浮かんだ。
「ダメダメ。こんなことで凹んでいたら。村のみんなが、私を応援してくれているんですもの!」
私は、一瞬萎えそうになった気持ちを反省し、スックと立ち上がった。
「あーーあ。にしても泥だらけになっちゃったわねぇ。どうしましょ……」
取り敢えず、エプロンを脱ぎ、それで自分の衣類に付いた泥を拭き取る。
「こっちはやり直しねぇ……」
泥だらけになってしまったシーツに視線をやり、一瞬だけ悲しくなったが、直ぐに気を取り直し、元気に泥だらけになったシーツをバケツの中に回収する。
「あれ? あんたは、さっきのお嬢さんじゃないか?」
バケツを持ち、洗濯場に向かって歩こうとしたら、後方から男性の声が聞こえた為、振り返る。
あ! 確か先輩の
「今度は何やってんだい? って、ハハハハハッ。酷でぇ姿だなぁ。ハハハハハッ」
「…………」
私は自分の、この溝ねずみのような泥だらけの情けない姿を見られてしまったことに、少し恥ずかしくなり、顔を赤くしてしまう。
「あ、ごめんごめん。悪気はないんだ。ごめんね? これじゃあ可愛い顔が台無しだなあ。ちょっと待ってなよ?」
そう言って、先程と同じ笑顔で立ち去ってしまった。
「恥ずかしいところを見られてしまったわ……本当に私ってドジねぇ……」
村では見たことが無いような立派な騎士服をビシッと着込んだその姿は、スラリと背が高く、細身だけどガッチリとした体型、それでいて横柄な態度を取るわけではなく、小麦色に日焼けした顔から、笑うと見える白い歯が爽やかな印象を与える。
村の男性とは全く違う都会の洗練された雰囲気の男性に、何故か顔が赤くなりつつ、泥だらけの自分が恥ずかしくなり、その場でしゃがみ込んでしまった。
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