第8話・優しい侍女長様

 私は今日一日の仕事を最初から侍女長様に話し始める。

 まぁ洗濯ぐらいしか、してないんだけれど……。

 ただ、騎士様達に助けられて、本来は禁止の近衛隊専用のシャワー室を内緒で使用させて頂いたことは伏せておいた。それは内緒にと念を押されていた為だ。

 最後まで話し終えたところで、何故か侍女長様が頭を抱えておられた。


「侍女長様?」

 私が心配になりお声を掛けると


「あ、ああごめんなさい。あまりにも内容が酷過ぎて、目眩がしそうになっただけよ。気にしないでいいわ」


 私のせいで侍女長様が!!


「侍女長様! これを! これを飲んで下さい! 頭痛に良く効きますよ!!」


 私はいつも肌身離さず持っていた祖母がくれたお守り袋に、祖母が作った頭痛薬やお腹の薬を常に持ち歩いていた。祖母は何十年もの間、村で採れる薬草を使って薬を作っていた。村人はそんな祖母を薬屋の婆さんと親しみを込めて呼んでいた。


 侍女長様が怪訝な表情をし、私を見た。


「これ、私の亡くなった祖母が田舎で作ったお薬なんです。良く効くんですよ? 田舎ではみんなこれを飲んでいました!」


「あ、ありがとう。でもお気持ちだけ頂いておくから大丈夫よ。それより先程の話ですが、カレン貴女? 仕事内容や、この城案内はいつ受けたの?」


「え? あ、申し訳ございません! いえ、城の案内は……。頂いた制服に着替えようと思って自分の部屋に行こうと思ったんですが、部屋が分からなくて。それで何処かに人が居ないか? と思いウロウロしていたら、窓の外に庭師さんの姿が見えたので尋ねたら、騎士様をわざわざ呼んで頂きそれで騎士様が部屋まであん……」

 と続けようとした瞬間に


「カレン。もういいわ」

 侍女長様が低い声で一言って、頭を抱えている。

 私がまた? 侍女長様に不快感を与えてしまった?

 私は急いでソファから立ち上がる。


 ──ガタッ


「痛ッ、あ、ごめ、じゃない。申し訳ございません。申し訳ございません侍女長様。私のせいで本当に申し訳ございません」


 私は必死で謝り続けた。そんな私に侍女長様が低い声で


「カレン。座りなさい。貴女何を私にしたと言うの? 謝る理由は何ですか? 答えなさい」


 謝る理由? 侍女長様が頭を抱えていらしたから?


「カレン。自分が悪いことをしていないのに謝るのは間違いです。同時に何でも謝れば済むことでもありません。身に覚えのないことを謝るのは愚か者のすることです。自分の言動には責任を持ちなさい。私達は『王族』のお側にお仕えする栄誉ある仕事をしているのです。私達が、軽率な行動、軽率に謝れば、その主である『王族』の評価を落とすことになることを覚えておくように」


 私は侍女長様のお顔を見る。その真剣そのものの表情を見て私はとても有り難く思った。

 私に本気でこの人はアドバイスして下さる。


 両親の居ない私に、お祖母ちゃんを始め村のみんなはとても優しかった。でもそれは私が子供だったから。こうしてお給金を貰うのならば、そんな甘い考えじゃダメだわ。ましてや国民からの税金を頂戴するんだから。


「申し訳ございませんでした。理由もよく分からないのに謝ってしまい。軽率でした」

 私は自分の先程の咄嗟の謝罪のに反省し、謝った。


「カレン、座りなさい。それと、貴女もう少し落ち着きなさいな? 何も焦る必要はありません。私達は栄誉ある仕事をさせて頂いているのですから。もっと自分に自信を持ちなさい。そして私達は賢明で在り、優雅でもなくてはいけませんよ? 王家に仕える者が、ガサツでは主人が恥を掻きますからね?」


 そう言って微笑んだ侍女長様の、お顔、姿はとても優雅で美しかった。

 その姿に私は思わず溢れていた。


「きれい……」


「え?」

 私の発した言葉に、完璧過ぎるお美しい侍女長様が、とても驚いた顔で口が半開きになっている。


「え?」


「あ、ああ、ごめんなさい? 見苦しいところを見せたわね。そんなことより、困ったわねぇ……これは私の責任だわ。サラを信頼して頼んだ私のミスだわ」


 そう言って侍女長様が黙り込んだ。


「まぁ起こってしまったことは仕方がないわ。同じ過ちを繰り返さないようにしないと」

 侍女長様は、何やらお一人で納得されたように呟かれた。


「いいわ。カレン明日から貴女の教育係は私がします。どうしても無理な時は、私を教育して下さった、あの御方に頼みましょう」


「え? 侍女長様が直接私に教育して下さるのですか?」


「嫌なの?」


 私は思いっきり首を横にブンブン何度も振り、言った。


「いえ。とっても嬉しいです!! 侍女長様に教えて頂けるなんてこんなに嬉しいことはありません。亡くなった母が生きて居ればきっと侍女長様のように、美しくて、優しかったんだろうと思うと嬉しくて私! 有難う御座います! 私、頑張ります。よろしくお願いします!!」


「母……。美しい……優しい……」

 何やら侍女長様が小声でブツブツと呟いている。


「取り敢えず、今日はもう遅いから早く夕食を摂って休みなさい。初日で疲れも溜まっているでしょう。明日は9時にこの部屋に来るように」


「分かりました! 失礼します! 有難う御座いました!」


 私は侍女長様にお礼を言い、部屋のドアを開けた。



 ──バンッ


 あ! 


「…………」


 思わず後ろを振り返った。


 侍女長様の冷ややかな視線が突き刺さる。



「明日から気を付けます!!!」


 そう言ってお辞儀をし、退出した。





「しかし嵐のような子ねぇ……。明日から忙しくなりそうね……」


 そう呟いたひと「氷の女」と呼ばれる侍女長には、笑顔があった。







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