第2話「再会」

 そうして、2年の月日が経ちました。

 わたくしはアブデュル殿下に見初められるべく、花嫁修業に明け暮れましたの。

 礼儀作法にダンスに刺繍、帝国史に魔法に馬術に剣術に操舵術!


「ってコレ、絶対に花嫁修業じゃございませんわよね!?」


「あーっはっはっはっ! 今ごろ気づいたか、娘よ!」


 筋肉魔法で装甲を強化した練習艦を風魔法と舵取りで操りながら、わたくしは父上パパうえに抗議します。


「だが必須の技能だ。お前は『帝国の盾』たるアイゼンベルク家の長女。神のお告げが実現し、トゥルクが末永くビザンティヌス帝国と仲良くしてくれるのならば、それで良し。もしも流れが悪くなるようであれば、皇太子を暗殺して、船を奪って戻ってくるくらいのことはできるようになってもらわねば」


「世紀末すぎませんこと!? アブデュル殿下を殺すなんて、絶対にしませんわよ!」


「どちらにせよ、アイゼンベルク家100周年祭はもう来月だ。こちらの狙いどおり、アブデュル・ムラマハト・トゥルクは招待に応じたからな」


「そうですわよ! もう1ヵ月もないというのに、嫁入り前の娘をこんなに日焼けさせて、何考えていらっしゃいますの!?」


「トゥルク人はおしなべて褐色肌で虎人族だ。猫は陽だまりが大好き。きっと太陽の匂いをいっぱいにため込んだお前に惹かれるだろうさ」


「そんな回りくどいことをするくらいなら、いっそマタタビを入れたお風呂にでも入りますわよ!」


「それは良いアイデアだな!? 祭りの前夜に用意させよう」


「冗談ですわよ! マタタビの与え過ぎは体に良くないんですからね!?」


「む、そうなのか?」


「というか虎人族はトラであってネコではございませんでしょうに」


 などという親子の朗らかな(?)やりとりを、アイゼンベルク家が誇る水兵たちが微笑ましそうに眺めています。

 これが、東方不敗、我らアイゼンベルク家の日常なのですわ~。





   ◇   ◆   ◇   ◆





 そうして、あっという間に1ヵ月が過ぎて。


「お嬢様、走ると転んでしまいますよ!」


 わたくし付きの侍女・セレネが注意してきますが、


「転んだら受け身を取れば良いのですわ!」


 わたくしは気にせず、階段を駆け上がっていきます。

 アイゼンベルク家100年祭のために裾の長いドレスでおめかししておりますが、


「ああっ、そんなに裾を持ち上げて! はしたないですよ!」


「誰も見ておりませんわ!」


「私が見ております」


「同性はセーフですわ!」


「せーふって何ですか? お嬢様はときどき、不思議な言葉を口になさいます」


 わたくしが駆け上がっているのは、アイゼンベルク城の見張り塔。

 何百段もある螺旋階段も、筋肉式英才教育を受けてきたこの足腰ならば余裕です。


 塔を登り切り、一気に視界が開けました。

 時刻は昼下がり。

 見下ろせば、暖かな太陽の光に照らされた街の大通りを、たくさんの馬車が通っています。

 煌びやかな装飾と、月と星の紋章。


 トゥルク帝国!

 アブデュル殿下の馬車ですわ!


 馬車が近づいてきました。

 橋を渡り、城門に至ります。

 馬車が止まり、中から人が出てきました。


 その人影を見て、わたくしは心臓が止まるかと思いました。

 フワフワな銀髪、愛らしい耳。

 遠目にも分かる、碧と金のオッドアイ。

 10歳とは思えない、キリっとした美しいお顔。


「アブデュル殿下!!」


 わたくしを愛してくださった男性!

 わたくしが愛した男性!


「殿下ぁ~~~~~~~~~!!」


 わたくしは塔から飛び降りました。


「うわぁあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああっ!?」


 空から降ってくるわたくしに気づいたアブデュル殿下が、声変わり前の可愛いお声を聴かせてくださいます。

 殿下がとっさに風のクッションを発生させ、わたくしを優しく抱き留めてくださいました!


「あぁ、アブデュル殿下! お会いしたかった!」


 10歳ながらもたくましい腕!

 間違いなくアブデュル殿下です!!

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