第5話「『一生のお願い』というのは、こうやって使うんですの」

 翌日、アイゼンベルク城が誇る豪奢な応接室にて。


「話というのは何ですかな、ヘラ令嬢?」


「アイゼンベルク辺境伯代行ですわ」


 武器商さんに対し、わたくしは悠然と微笑みます。


「これは失礼を、辺境伯代行閣下」





「フィンエールド銃」





「――!?」


施条銃ライフル、と言うらしいですわね」


「なぜそれを!?」


「我が領の情報収集能力をナメないでいただきたいですわ」


 無論、ウソですわ。

 わたくしの過去知識です。


「銃身内にらせん状の切り込みを入れ、弾丸を回転させることで弾道を安定させる――素晴らしい技術力ですわ」


 東ヒンディー会社の武器商さんが、額に脂汗を浮かべます。

 東ヒンディー会社は、世界最強の海洋国家・『日の沈まぬ国』ことグランド連合王国がヒンディーでお茶や香辛料を勝手に栽培し、本国や世界に販売している悪名高き商人集団ですわ。

 どこの世界にも、ブリカスムーブをかます方々はいるということですわね。


「その有効射程は、既存のマスケット銃のおよそ十倍――1kmにも及ぶとか。『一生のお願い』ですわ! ぜひともその銃を――」


「閣下! いくら閣下からの頼みでも、本国に問い合わせないことには――」


絶対に・・・我が国には・・・・・売らない・・・・ください・・・・まし・・!」


「「はぁ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~!?」」


 武器商さんと、侍女セレネの声が重なりました。





   ◆   ◇   ◆   ◇





「お嬢さ――ごほんっ、辺境伯代行閣下、よろしかったので!?」


 一転してわたくしの『お願い』を聞き入れてくれた武器商さんが去った後、唖然とした様子のセレネが尋ねてきました。


「一介のメイドが考えるべきことではないかもしれませんが、あの銃は領軍強化のために必要なのでは?」


「貴女は一介のメイドなんかじゃありませんわ。とっても有能な、わたくしの右腕です。先日だって、たったの半日であれだけの『証拠』を偽装してくれましたもの」


「あれは……何というか、お嬢様からお願いされると、無性に力が湧いてくると申しますか――じゃなくて!」


「安心なさい、セレネ。あの銃は、ああいう使い方をしてこそ、我が領の利益になるのです」


「お嬢様――じゃなかった。辺境伯代行閣下がそう仰るのであれば」


「ふふ、数ヵ月後が楽しみね。あぁセレネ、ヒンディーのスパイにこのウワサを流しておいて欲しいのですけれど――」





   ◆   ◇   ◆   ◇





 数ヵ月後、


「たたた大変です、お嬢――辺境伯代行閣下!」


 ばぁあん! と扉を開いたセレネが、わたくしの執務室に飛び込んできました。


「テュルク帝国の東、ヒンディー国で大規模反乱! テュルクがヒンディーに宣戦布告しました!!」


「キマシタワー!!」


「どういうことなのですか!?」


「ふふふ。あの商人、しぶった振りしつつも我が国にあの銃を売りつける気まんまんだったのですわ。でも、わたくしの『お願い』によって売れなくなってしまった。だから仕方なく、東ヒンディー会社の支配領域で売ったのでしょう――そう、ヒンディー国で!」


「???」


「あの銃、弾丸と火薬を油紙で包んでいて、弾込めの際に油紙を食い破る必要がございますの」


「え? それが何か――あっ!?」


「そう。数ヵ月前に貴女に流させたウワサ――『東ヒンディー会社が大量の牛を殺戮し、油紙を量産しているらしい』というのが効いてきたのですわ」


「ヒンディー教徒にとって、牛食は禁忌だから!?」


「最新式銃の使用を強制された傭兵たちが、自分たちの宗教習慣を一向に考慮してくれないグランド連合王国に怒りを爆発させたというわけですわ。さて、武力の戦せんそうの方はお父様にお任せして、わたくしたちは内通者のあぶり出しにかかりましょうか。連中、きっと今頃大慌てですわぁ~!」


 アフロディーテとバッカス殿下を反逆罪として糾弾し得るに足る証拠を手に入れますのよ!

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