3「アフロディーテ」編

第1話「復讐」

 そうしてまた、110度目の朝。


「…………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………殺す」


 私は寝間着のまま部屋を出る。


「お嬢様!?」


 侍女のセレネが驚くが、構わない。


「アフロディーテは!? アフロディーテはどこ!?」


「お嬢様、何を仰っておいでで? それに、それ、拳銃……ひっ!?」


 セレネが拳銃ではなく私の顔を見て、悲鳴を上げた。

 知らない。

 知るもんか。

 アフロディーテを殺す。

 私が今、しなければならないことは、それだけだ。


「アフロディーテはどこにいるのか、と聞いているの!」


「アフロディーテ令嬢と言えば、アイゼンリッター騎士爵家の――あっ」


 セレネの顔色が変わる。

 セレネの耳にも、アフロディーテが私の婚約者・バッカス殿下と『懇意』にしているという話が届いているのだろう。

 だが、そんなことはどうでもいい。

 私は復讐がしたい。

 アブデュル殿下と、私の赤ちゃんを殺したアイツを、殺したい。

 それだけなのだ。


「と、問い合わせて参ります!」


 セレネが駆け出していく。

 帝国は、広い。

 今日のデビュタントに参加するために、アフロディーテはすでにこの街、いや、この屋敷に入っているはずである。


 …………ざわざわ


 使用人たちが、寝間着姿で拳銃を携える私を見て、どうしたものかと混乱している。


「ふー……」


 私は一度寝室に戻り、旅装に着替えて腰のホルスターを付け、拳銃を収め、上着を羽織って隠した。


「殿下……」


 アブデュル殿下。

 そして、私の赤ちゃん。


 生まれて初めて手に入れた幸せだったんだ。

 目を閉じれば、殿下の笑顔が、幸せな日々が無限に湧き上がってくる。

 私は! 幸せだったんだ!

 なのに、あの女……


「殺す」


 ――コン、コンコン


 セレネが入ってきた。


「確認いたしました。アフロディーテ令嬢は別館のゲストルームに滞在しておいでです」


「……案内して」


「は、はい」





   ◇   ◆   ◇   ◆





「……ごきげんよう、ヘラ令嬢」


 私がマスターキーを使って部屋に押し入ったとき、アフロディーテは無表情だった。


「ごきげんよう、アフロディーテ令嬢。――死ね」


 ――タァーン!


 引き金を引くと、フリントロック式拳銃から発射された銃弾がアフロディーテの胴体に着弾した。

 彼女の部屋着が、みるみるうちに血で染まっていく。


「ど……うして……」


「どうして? 貴女がそれを言うの? 人殺し! 私の夫を、私の赤ちゃんを返せ!!」


「あぁ……そう、か」


 アフロディーテが倒れる。


「やはり貴女もループを……ごめんなさい……」


 アフロディーテが目を閉じる。

 とたん、私の目の前も真っ暗になった。





   ◇   ◆   ◇   ◆





「――――えっ!?」


 私は飛び起きる。

 これは――この朝は。


「戻ってる……」


 いつもの、朝だ。

 111度目の、朝。

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