続々・Side アブドゥル「新世界の夜明け」
「引き金を引いている間中、弾が出続ける小銃!? 持ち運べる砲!? 自ら走る砲!? 鉄の壁をも粉砕する槍!? な、ななな……」
夜会前のゲストルームにて。
【消音】魔法で満たした部屋で、アブドゥルは父であるトゥルク皇帝に報告する。
「はい……生きた心地がしませんでした。想像できますか? 我々が鍛えに鍛えた無敗の戦列歩兵が、1,000メートルの遠方から一方的に駆逐される様が」
「むむむ……前時代的だが、頑丈な盾で身を隠しながら前進させるというのは?」
「無煙火薬とライフリングによる銃弾の威力は強烈です。どれだけ強固な結界魔法を付与した鉄盾でも、やすやすと貫かれるでしょう。」
「後衛から魔法兵たちに結界を張らせ続けてもダメか?」
「彼らには榴弾砲があります。実演されましたが、爆発する砲というのは、それはそれは恐ろしいものです。1発1発が小型【メテオストライク】並みの威力を持っているのですから、結界を張った盾ごと歩兵を吹き飛ばし、ついでに地面を掘り起こすことでしょう」
「ならば戦車だ! トゥルクが誇る名馬たちに戦車を引かせ、目にもとまらぬ速度で敵に肉薄すれば――」
「1,000メートルですよ? 【筋肉魔法】の補助が付けば2,000メートルです。狙い撃ちされてお仕舞ですね」
「戦車を鋼鉄で覆ったならば?」
「ジャベリンが出てくるでしょうね……」
「何ということだ……いや」
皇帝の目が光る。
「【メテオストライク】だ! 我が帝国には最強の魔法【メテオストライク】があるではないか!」
「……宮廷魔法使い総出でも、月に1度が限度の魔法ですがね」
「……分かっている。言ってみただけだ」
皇帝が、諦めたようにソファに沈む。
「受け入れるしかない、か」
「はい。我々は今、喉元に剣を突きつけられながら、同時に握手を求められているのです。それも、アイゼンベルク家令嬢という最上級の土産付きで」
「くくく。トゥルク滅亡の危機だというのに、やけに嬉しそうではないか」
「そうですか?」
「珍しく、口元が緩んでいる。ヘラ令嬢は、お前の目から見ても好ましい女性というわけか?」
「そ、そうですね」
親に女の好みを聴き出されるなど、思春期のアブデュルにとっては恥ずかしくてたまらない。
が、
「それに、なぜかは分かりませんが、ヘラ令嬢には不思議と懐かしさを感じるのです」
「懐かしい? 初対面の、5歳の少女がか?」
「はい。どことなく、いつも夢に見るあの女性に面影が似ているといいますか」
「例の『黄金の君』も、ヘラという名だったか。何やら、運命めいたものを感じるな」
皇帝が、ぱんっと手を叩いた。
「よかろう! この婚姻、受けよう!」
「――!」
アブドゥルは、ぱっと心が華やいだのを自覚した。
自分はやはり、あの少女のことが気に入ってしまったようだ。
見た目も、武力も、交渉力も、頭脳も。
ジャベリンで脅されながら婚姻を迫られたというのに、ヘラ令嬢のことが嫌いになれないのだ。
「ただし!」
皇帝が釘を刺してくる。
「くれぐれも、くれぐれも溺れるでないぞ? 国と国との婚姻に、真の友好などあり得ないのだから。とはいえお前とヘラ令嬢が仲睦まじくしている間は、我々はビザンティヌスから技術力を盗み放題かつ、富国強兵に専念できる。ヘラ令嬢がお前を好いており、お前も令嬢のことを憎からず思っている。良いこと尽くめだ。今日という日はきっと、トゥルク帝国の歴史書に刻まれることになるぞ」
アブドゥルは肩を叩かれる。
「我が国の未来は、お前の肩に懸かっている。ヘラ令嬢の機嫌を損なわないようにしつつも、婚約者として、未来の夫として主導権は手放さないように気をつけろ。なぁに、難しく考える必要はない。女なぞ馬と一緒だ。上手く乗りこなせ」
◇ ◆ ◇ ◆
その日の夜会で、トゥルク帝国皇太子とアイゼンベルク家長女が婚約することが発表された。
そのニュースは、東ヒンディー会社とグランド連合王国のネットワークによって、瞬く間に世界中に知らされた。
西と東の2大帝国が、手を取り合った。
世界勢力が、世界地図が大きく書き換えられた瞬間であった。
そのことが、やがて大きな火種となることを、ヘラ・フォン・アイゼンベルクはまだ知らない。
当の彼女はと言えば、アブドゥルへの激重な愛で脳汁をドバドバ出しながら、アブドゥルとダンスを踊っていた。
「一生のお願いです! アブドゥル殿下、どうか末永く、わたくしを愛してくださいまし!」
108週目のデスループ悪役令嬢は、隠しコマンド『一生のお願い』に気付く ~残り回数:106回~ 明治サブ🍆第27回スニーカー大賞金賞🍆🍆 @sub_sub
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