続・Side アブデュル

 令嬢ヘラが、驚くべきことを口にした。


「射程は1,000メートルを超えます」


「「1,000!?」」


 思わず大声を上げてしまう、アブデュルとバース。

 帝王学で学んだ表情の制御など、『射程1,000メートル』の前では物の役に立たなかった。


 トゥルク帝国の制式マスケットは、狙って人体に当たられる距離はたかだか50メートル。

 それを戦列化させて、ずらりと一列に並べることで、100メートルや200メートルの距離でも有効打を与えられるようにしている。


「この状態でより火薬量の多い弾薬を使うことで、飛距離を2,000メートルまで伸ばすことが可能です」


「「2,000!?」」


「お見せいたしましょう」


 ヘラ令嬢が小銃を携えて隣の部屋に入っていく。

 隣部屋は射撃場になっていた。

 広い。端から端まで数百メートルはあるだろう。

 その広さを目にしただけで、アブデュルは眩暈を覚えた。

 つまり、1,000、2,000という数字が、ヘラ令嬢の冗談や勘違いではないということだ。


 ヘラ令嬢がドレスなのもかまわず伏せ撃ちの姿勢になり、遠く数百メートル先の的を狙う。


「この子のゼロインは――」


 などとこちらには分からない単語を口にした後、


「いきます」


 引き金を絞った。


 ――タァーン!!


「【遠見】。なっ――」


 望遠魔法で的を確認したアブデュルは、言葉を失った。

 30センチばかりの小さな小さな的の、ど真ん中に穴が開いていたからだ。


「もう一発いきますね」


 ヘラ令嬢が立ち上がり、熟達した手つきで銃身を清掃し、紙製の薬包を食い破って火薬を充填し、弾を込める。

 再び伏せ撃ち姿勢になり、


「いきます」


 ――タァーン!!


「なっ、なっ、なっ――」


 再び、言葉を失った。

 穴が増えなかったからだ。

 いや、より正確に言うと、穴が左側に僅かに大きくなった。

 空恐ろしいほどの狙撃力である。

 ヘラ令嬢の狙撃能力も恐ろしいが、それ以上に、前回とまったく同じ場所に着弾させてしまう小銃の能力が恐ろしい。





   ◇   ◆   ◇   ◆





「そしてこちらが革新的兵器・後装式自動小銃ですわ!」


 ヘラ令嬢が新たに持ち出してきた小銃。

 やはり伏せ撃ちの姿勢で、撃つ。


 ――タァーン!!


 正確無比な狙撃力以上にアブデュルを驚かせたのは、


 ――ガシャコン、タァーン!!


 ヘラ令嬢が、立ち上がることも、弾を込めることもせず、次弾を発射したからだ!


 ――ガシャコン


 と、ヘラ令嬢が小銃を何やら操作する。

 すると、金属製と思しき小さな筒が吐き出され、蓋が閉まる。


 ――タァーン!!


 まただ。弾が発射された。


「なっ、なっ、なっ――」


 アブデュルの顔は真っ青である。

 マスケットはどれほど熟達した銃士でも再装填に数十秒はかかる。

 その再装填中に騎兵で蹴散らすのが、マスケット戦列歩兵に対する戦い方なのだ。

 だが、今、ヘラ令嬢は何秒で『再装填』をした?


 ――ガシャコン、タァーン!!

   ――ガシャコン、タァーン!!

     ――ガシャコン、タァーン!!


「あぁ……あぁぁ……」


 アブドゥルが失神せずに済んだのは、ひとえに帝王学の賜物であった。





   ◇   ◆   ◇   ◆





「続いてこちらが、滑車付き榴弾砲」


 ヘラ令嬢がにこやかに最新兵器の説明をする前で、アブドゥルはここではない光景を見ていた。


 揃えに揃えたマスケット。

 鍛え抜かれた戦列歩兵たち。

 トゥルクが誇る戦列歩兵の大軍が、鼓笛の音色とともにのこのこと歩いていく。

 戦列歩兵たちは、アイゼンベルク兵の200メートル手前に至るまで行進を止めない。

 200メートルまで近づかなければ、弾を相手に当てることができないからである。

 そんな戦列歩兵たちを、アイゼンベルク兵が1,000メートル手前から一方的に射撃し、射殺していく。


 そこには勇気も名誉も存在しない。

 アイゼンベルクによる『狩り』である。

 いや、狩りですらない。

 単なる『作業』だ。


「続いてこちらは――」


(まだあるのか!?)


「迫撃砲。砲兵ではなく、歩兵が持ち歩ける榴弾砲ですわ!」


「「砲!? 歩兵が持ち歩ける、砲!?」」


 アブドゥルの悪夢は終わらない。

 むしろ、どんどん加速していく。

 ヘラ令嬢が、若干5歳の少女が、トゥルク帝国軍を壊滅させ、帝室をギロチンの前に引きずり出しえるほどの超兵器の数々を披露し続ける。

 笑顔で。


(この少女、バカなどではけっしてなかった)


 アブドゥルは体の震えを抑えるので精いっぱいだ。


「ビザンティヌス帝国とトゥルク帝国は、今こそ手を取り合うべきです」


 ヘラ令嬢は笑顔だ。


(そうだな)


「平和こそ力! 交易こそ力です! 我々は一致団結して両国を富ませるべきです。アイゼンベルク家は協力を惜しみません!」


 ヘラ令嬢はとびっきりの笑顔だ。


(そうだな、そのとおりだ)


「それに、アブドゥル殿下、わたくしはその、貴方様のことが――」


 ヘラ令嬢が、頬を染めてくねくねしている。

『ジャベリン』なる鋼鉄の壁を破壊する超兵器を抱えながら。

 そして、やっぱり笑顔だ。


(この婚姻、受け入れるしかない。でなくば、トゥルクが滅ぶ)

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