第5話「1,012,351人のヘラ・フォン・アイゼンベルク」
「この地獄から脱出する方法はあるのでしょうか?」
「それは――――……分かりません」
……そっかー。
うん、まぁ、その可能性も考慮してたから、今さらその程度で落ち込んだりはしないわよ!
「その、ごめんなさい」
「いーえいえいえいえ! こちらこそ、何かごめんなさい」
と、久しぶりに現代日本風なやり取り――平民同士っぽいやりとりをする私たち。
「あの、なぜ先生と私は『アフロディーテ物語』に取り込まれたんでしょう?」
「より人間臭い、駆け引きに満ちたストーリーを作るためだと思います。アフロちゃんは学習意欲が豊富だから。事実、私が取り込まれて以降の方がストーリーが重厚になって、しかもDLCのリリースペースが上がりましたので」
「つまり私たちは教材ってわけですか」
「すみません……」
「いえいえ、先生ご自身も被害者なわけですし。……ところで」
少し、声が震える。
これから聞くことは、少し覚悟がいる。
「わ、私の体は――」
「……恐らく、亡くなっておられるかと」
「Oh……」
「私にはアフロディーテ物語の売り上げやリリース状況が通知されてくるのですが」
風呂先生がウィンドウを立ち上げる。
「何月何日に何がどうなった、という通知の一覧です。つまり私には、外部――地球における経過時間が分かります。貴女との『アフロディーテ物語』が開始してから、すでに半年が経過しています」
「うひー……」
ま、まぁ異世界転生モノと言えば『
私の場合は過労死だろう。
もしくは風呂の中で『アフロディーテ物語』をプレイしている間に溺死したか。
結婚してなくて良かったよ……。
でも、お父さんとお母さんには悪いことしたなぁ……。
まぁ、でも仕方がない。
切り替えていこう。
なぜって今の私はもう、この世界における生きる目的を手に入れてしまった。
アブデュル殿下と再び出会い、あのとき授かった赤ちゃんを産み育てるという目的を。
だから、何とかして現状を打破し、この世界で幸せになるしかないのだ。
「ん? 今、貴女『との』って仰いました?」
これは、もしかしたらもしかするか。
私の仮説、ビンゴでは?
「私の他にも、ヘラはいるのですね!?」
「はい」
ビンゴだ!
「1,012,351人のヘラがいます」
「売り上げ本数ぅ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~!?」
「アフロディーテの方は、全員私です。101万人の私の分身というか並列意思のようなものが別々の世界に存在します。アフロディーテは私。ですが、ヘラの方は全員、『アフロディーテ物語』をご購入くださったユーザー様のようですね」
「ようです、とは?」
「先ほど貴女に殺されるまで、確信が持てなかったからです。販売数とほぼ同数のヘラ。そして、同じ『悪役令嬢ヘラ』のはずなのに、明らかに言動が――人格が異なるヘラたち。『アフロディーテ物語』を購入・プレイした人間が中に入っているのでは? という仮説は、前々から持っていました。が、ヘラから『ループ』という決定的なワードを聴いたのは、先ほどが初めてのことだったのです」
「あー……なるほど」
「たぶん、『アフロディーテ物語』は今頃、呪いのソフトとして大ニュースになっているんでしょうね」
「プ、プレイしたら死ぬゲーム……」
「それでもなお売り上げが伸びてるっていうんですから、おかしなものです。怖い物見たさ? 買ってプレイ動画をUPしてアクセス数稼ぎとか? プレイヤーが必ず死ぬならプレイ動画は流出しないわけで、いち早く『呪いのゲーム』のプレイ動画をUPしてバズを得ようとしている人がいてもおかしくはありませんよね」
「なるほどですねぇ。いやぁ、それにしても良かったです」
「良かった?」
「はい。実は『アフロディーテ物語』――AIアフロちゃんに一矢報いるための作戦がありまして。その作戦は、人数が多ければ多いほど有利になるんです。ところで、このゲームのユーザー管理ってどうなってますか?」
「一意になる主キーのことですか? 普通に1からの連番ですね。ちなみに私がユーザID:1。貴女はユーザID:809,910です」
『アフロディーテ物語』界隈では全然新参者なんだなぁ私。
「『一生のお願い』」
「――――!?」
私が急に『一生のお願い』を使ったことで、ぎょっとする風呂先生。
大丈夫。
これからお願いを使う相手は貴女じゃない。
「ユーザーID:2と通話させてくださいまし」
――ヴォン
と、目の前にウィンドウが立ち上がった。
画面の中にいるのは、
『――えっ!? わたくし!?』
ヘラ。
悪役令嬢ヘラ・フォン・アイゼンベルク。
この顔立ちは18歳ごろかな?
だとしたら物語も終盤だ。
そう、私ではない、別のヘラ。
『アフロディーテ物語』を1番最初に買ったヘビーユーザーのヘラと通話が繋がったのだ!
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