4「アブドゥル」編

第1話「パパ上 VS わたくし」

「ダメだ」


 筋肉に阻まれました。

 歩く筋肉こと父上パパうえが、私のトゥルク行きに反対したのですわ。


「アレは仮想敵国だぞ? 辺境伯家の娘がのこのこと出ていったら、あっという間に『不慮の事故』に巻き込まれて『保護』されるわ!」


 そして、外交カード化するわけですか。


「でも! でもでもでも! いきたいの! アブドゥルでんかにあいたいの!」


 3歳の所為で舌っ足らずな私は、全身全霊で駄々をこねます。

 父上パパうえの執務室に敷かれた絨毯の上に寝っ転がってバタバタと両手両足を暴れさせます。


「あわなきゃいけないの!」


「アブデュル……? トゥルク帝国の第一子のことか。どうしてお前が、そんな人物の名を知っているのだ?」


「おつげできいたの!」


「お告げ?」


「うん! わたしがアブデュルでんかにみそめられるって! ふたりがけっこんして、ふたつのていこくがすえながくへいわになるって!」


「……そのお告げは、今朝聴いたのか?」


「うん」


「いや、しかし……我が筋肉は、特異な魔力反応を感知しておらんしな」


 いや、どんな筋肉してんだよ、ですわ~。


「む? 信じておらんのか? これは【闘気ウェアラブル・マナ】といって高度な筋肉魔法で――いや、3歳児に分かるわけもないか」


「――ライフリング銃」


「む?」


「銃身の内側に施条を入れることで、発射される弾丸に旋回運動を与え、弾道を安定させ、射程を伸ばす先進技術」


 私は舌足らずな舌を精いっぱい動かします。

 あたかも神に操られているかのように喋るのです。


「グランド連合王国で、極秘裏に開発中。名をフィンエールド銃という」


「!?」


 ガタガタッと立ち上がる父上パパうえ

 私をじっと見つめたまま念話機に手を伸ばし、


「私だ。大至急、グランド連合王国内のスパイに銃工房を探らせろ。工房の名は『フィンエールド』」





   ◇   ◆   ◇   ◆





 その後も、舌足らずな喋り方と神っぽい喋り方を駆使し、神降臨中のヘラと3歳児のヘラを交互に演じ続けること数日。


「どうやら本当に、神からのお告げを受けたようだな」


 ついに父上パパうえが陥落しましたわ!

 フィンエールド銃の情報をスパイがつかんで報告してきたのでしょう。


「お前がトゥルク皇太子に嫁ぎ、両国が平和に――か。悪くない。実現できるなら、実に素晴らしい手だ」


 父上パパうえは筋肉ですが、脳筋ではございません。


「懸念するのは我が家の影響力低下だが、なぁに、通商が強化されるのなら、交易と海上保安で存在感を示せばよい。元より我が家はポスボラス海峡の海賊の出なのだから」


 そう。

『実力行使以外で平和になってしまったら、軍務閥であるアイゼンベルク家の影響力が低下する』

 なんてつまらないことは、父上パパうえは言いませんわ。

 国境が平和になったなら、今度は商人たちを守るボディガード業で儲ければ良いだけの話なのですから。


「いいだろう。お前の言葉を信じるぞ、ヘラ」


「ありがとうございます、ですわ!」


「あーっはっはっ! 我が娘は小さな天使だな! だが――」


 一転、父上パパうえが腕を組んで、


「それでもやはり、ヘラをトゥルクに向かわせるのはあまりにも危険だ」


「そんなっ」


「まぁ待て、話は最後まで聞け。2年後、お前が5歳になるころに、アイゼンベルク家100年祭をやる。盛大な祭りになるから、トゥルクからも客が来るだろう。トゥルクは仮想敵国だが、表上では大事な大事な貿易相手だからな。そこに、アブデュル殿下を招待するのだ」


「おおおおお!」


「それに」


 ニヤリと笑う父上パパうえ


「今のお前はまだまだ礼儀も知らぬガキんちょだ。床に寝そべって駄々をこねるような子供に、アブデュル殿下が惚れ込むと思うか?」


 言葉もございませんでしたわ~。

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