第4話「命の恩人は敵国の王子様」

「――――はっ!?」


「む、気がついたか」


 気がつくとわたくしは、見知らぬ誰かの腕の中にいました。

 って、誰? ホントに誰?


「驚いたぞ。いきなり、人が空から降ってきたのだから」


 わたくしは、相手の顔を見ます。


「かっ、かっ、かっ……」


「か?」


「褐色美形のトラ耳!?」


 褐色! 褐色肌です!

 しかもサラサラな銀髪から生えているのはトラ耳!

 瞳は碧と金のオッドアイ。

 年のころは二十代前半くらいでしょうか。

 すらりと通った鼻筋も、二重でありながら切れ長な目も、まるでビザンティヌス帝国美術館に飾られている男神の彫刻のよう。

 美しすぎて、一周回って作り物めいて見えるのです。

 眼福。眼福ですわ~!!


「見たところビザンティヌス帝国人のようだが。戦闘に巻き込まれたのか? だとしたら済まなかったな」


 まぁ、なんてお優しい……トゥンク。


「あ、その」


 いや、そんなのん気なことを言っている場合ではございませんでしたわ。


「ここはどこですか?」


「ここか? ここはポスボラス海峡の西、マラスクの街の郊外だ」


「ひっ……」


 それって攻め入ってきたトゥルク軍による支配地域!

 それにそもそも、褐色肌も、トラ耳も、トゥルク帝国人の証!

 しかもこの殿方、軍服をお召しになっていらっしゃる。

 バリバリのトゥルク帝国軍人ですわ。


「恐れ入りますが、お名前を伺っても……?」


「俺か? 俺はアブデュル。アブデュル・ムラマハト・トゥルク」


「ひぃぃいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいい!!」





_人人人人人人人人人人人人人人_

> トゥルク帝国・皇太子!! <

 ̄Y^Y^Y^Y^Y^Y^Y^Y^Y^Y^Y^Y^ ̄






 敵国の王子様です!!

 トゥルクによるビザンティヌス帝国侵攻エンドでわたくしを処刑する将軍です!!


「な、何だその悲鳴は? ……あぁ、軍人が怖かったのか」


 わたくしは存外優しく降ろされます。

 改めて周囲を見てみれば、いくつもの天幕が張られていて、大砲や木箱などが集積されており、褐色トラ耳の軍人たちが行ったり来たりしています。

 つまりここは、敵陣のど真ん中。

 先ほどの【メテオストライク】で、ここまですっ飛ばされてきたのでしょう。

 結界魔法の盾が無ければ、死んでおりましたわ。


「それにしても驚いたぞ。前線を視察していたら、空からお前が降ってきたのだから。俺が風魔法の使い手でなければ、お前は今頃死んでいたぞ」


「わ、わたくし、このまま捕虜にされてしまうのでしょうか? ご、ごごご拷問にかけられたりとか――」


 ……だ、大丈夫だ。大丈夫。

 あのとき確かに、父上と目が合った。

 きっと助けに来てくれるはず。


「ん? んんん? 我が国は民間人を虐待するような蛮族ではないぞ」


 ……あれ?

 民間人?

 この人、私を民間人だと思ってる?


 わたくしは、改めて自分の体を見下ろします。

 マスケットは失われていて、盾もどこかへ行ってしまっております。

 わたくしの体に合う軍服がなかったから、今の私は女性の旅装――腰を膨らませるためのバスルを入れていない、軽めのドレスです。

 つまり、どこからどう見ても民間人。

 国際法で『民間人を殺すべからず』と定められているこの世界では、たとえ敵国の民でも虐待してはいけません。

 わたくしのことを民間人だと思ってもらえている間は、わたくしは丁重に扱われることでしょう。


 ――逆を言えば、私の正体がアイゼンベルク辺境伯家の長女だとバレてしまえば一巻の終わり。

 捕虜の拷問は国際法で禁じられているとはいえ、


『条約破りの非文明国家というそしり』


 と、


『敵の作戦を聞き出して、戦争に大勝利』


 の2つを天秤にかけ、後者が勝ってしまった場合、わたくしは拷問にかけられることでしょう。

 な、何としても正体を隠し通さねば!


「それで、お前の名前は何と言うんだ?」


「あ、はい。わたくしの名前はヘラ――」


 ――あ。

 ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああっ!!

 本名言っちゃったぁあああああああああ!!

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