第5話「悪役令嬢ヘラクレス爆誕」
「ヘラクレス! ヘラクレスでございますわ!」
「ヘラクレス? 何というか、ずいぶんと雄々しい名前だな」
首をかしげる敵国の皇太子・アブデュル殿下。
「せっ、戦争の多い土地ですから! お父様は、わたくしを立派な騎士に育て上げたいと常々言っておりましたわ!」
「ほほう? ということは良家の出か?」
「パン屋の娘です!!」
「ん、んんん?」
支離滅裂だ。
我ながら支離滅裂。
だが今はとにかく、勢いで突き通すしかない!
「命を救ってくださり、お礼の言葉もございません。ですがわたくし、このとおり貧乏でございまして、支払える対価もございません」
「砂ぼこりで汚れてはいるが、身なりは良いではないか。言葉遣いも良い」
「と、ととととにかく! わたくしはこれで失礼を――」
そのとき。
ぐぅ~~~~~~~~~~~~~~~~……
鳴いた。
私の腹の虫が。
「くっくっくっ」
笑う美形王子様。
「ちょうど今から昼にするところだったのだ。一緒に食っていけ」
「い、いえ。これ以上甘えるわけには――」
「何しろ戦場のメシはあり得ないほど不味くてな。お前のような綺麗な娘が近くにいれば、少しは気もまぎれるやもしれん。金銭で礼ができぬなら、体で支払え」
「体ぁ!?」
◇ ◆ ◇ ◆
というわけで、銃砲の音が届いてくるほどの前線で、敵国の皇太子と戦闘糧食をつつく悪役令嬢の図、でございますわ~。
しかもこの王子様、ルートによってはわたくしを処刑するのですよ?
実際、何度か処刑されました。
とはいえ、こうして間近でお顔を見たのは初めてのことです。
処刑する、とはいっても自らギロチンの縄を切るわけではございませんもの。
「どうだ、美味いか?」
「はい。……うっ」
舌がひりつくほどに強く塩漬けされた干し肉は、硬くて硬くて嚙み切れません。
パンはカチカチ。いえ、ガチガチで、水につけないと歯が欠けてしまいます。
「くっくっくっ。不味いだろう?」
「……そのようですわね」
「お前のような綺麗な金髪は平民には少ないと聞いたのだが」
「はっ、母の祖父の叔父の姉の父の祖母の姉が没落貴族の遠縁だったのです。そこから受け継いだのでしょう」
「母の祖父の……? ふぅん。ところで、ずいぶんと丁寧な手つきでナイフとフォークを使うんだな」
「な、ナイフとフォークくらい、パン屋の娘でも使えますわよ!」
「まぁ、それもそうか」
などと、ヒヤヒヤしながら会話を続けます。
アブデュル殿下は異国の娘が珍しいのか、わたくしを質問責めにします。
うっうっうっ……これじゃ結局、尋問じゃありませんこと!?
「アイゼンベルク」
「ひっ!?」
「ん? アイゼンベルクの都では、どんな歌が流行っているんだ?」
「あ、あぁ……」
わたくしがアイゼンベルク家の娘だとバレているのかと思いましたわ。
本当に心臓に悪い……。
「ええと、最近流行の劇の曲で――」
「敵襲――――!!」
とたん、剣をつかんで立ち上がるアブデュル殿下。
「来い」
強く、腕を引かれます。
天幕の外に出ました。
「あぁぁ……」
魔法か火矢か。
辺りは火の海になっていました。
そのとき、アイゼンベルク家の旗を掲げた騎馬の一団が近くを走り抜けました。
「父上!?」
一瞬、確かに、一団の先頭を走る父上と、目が合いました!
なのに父上はわたくしを拾い上げるでもなく、トゥルク軍陣地への攻撃を続けます。
「そんな、父上――――……」
わたくしは、見捨てられてしまったのでしょうか?
「――あっ!?」
アイゼンベルク騎兵大隊の最後尾に、見慣れたアフロ!
「アフロディーテ! 貴様ぁああああああああ!!」
アフロディーテが父上に『一生のお願い』を使ったということでしょうか?
「来い」
アブデュル殿下がわたくしを馬に乗せ、自身も飛び乗ります。
「しっかりつかまっていろ」
2人乗りの馬が燃え上がるトゥルク陣地を駆け抜け、トゥルクの
「すまないな。お前を巻き込んだ」
幸い、わたくしの『父上』発言は聞かれていなかったようです。
悲鳴。
悲鳴が聴こえます。
アブデュル殿下とわたくしを逃がすために盾になってくださるトゥルク将兵たちの。
あぁ、あぁぁ……どうしてこんなことに。
今からでも馬から飛び降りて、父上にやめるよう嘆願すべきでしょうか?
いえ、筋肉魔法であらぶっている騎兵大隊のみなさんは、わたくしのことを敵と誤認して殺してしまうでしょう。
そもそも馬から飛び降りた時点で大ケガ確定です。
ならばアブデュル殿下にわたくしの正体を明かして、馬を止めてもらう?
そうなれば拷問コースですわ。
『一生のお願い』を使って、馬を止めてもらうというのは?
「ダメですわ……」
だからそもそも、相手は筋肉魔法でひどく凶暴になっている騎兵大隊。
しかも父上は、恐らくアフロディーテの『一生のお願い』で操られている状態。
とても止められたものではありません。
あぁ、あぁ、どうすれば……。
悲鳴と怒号の中、考え疲れたわたくしは、目を閉じます。
疲れていたのかもしれません。
そこから先の記憶はございません。
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