そよ風

「さて、早速だけど魔法について教えていこうか」


 エレさんに連れられてきた場所は、屋敷の外。屋敷の外は周囲が木々に囲まれているにも関わらず、ほかの生き物の気配は一切ない。


 ポッカリと森の中をくり抜いたような空間で、よく見れば周りには見たことがない植物や草花が生えている。


 しかし、今はそれが不気味というよりかは落ち着いた雰囲気にも感じて、とても心地が良い。


 最近はずっと屋敷の中に缶詰になっていたから、なんだか外の光が眩しく感じ、外の空気がとても清々しい。


「いきなり実践ですか?また座学から始まるものだと思ってたんですけど」


「魔法は感覚的な部分に頼る事が多いからねー。それにまだまだ未知数な面が多いから、座学で教えるとなると骨が折れるんだ」


 座学がないというならそれに越したことはない、またあの読みにくい本を読んで、ペンを握り続けるのは御免被りたい。


「とはいえ、原理については理解しておかないとね。一度説明したけど、まだ覚えてるかな?」


「確かあれですよね、魔精を導いて現象を引き起こす的な感じの」


「その通り、私たち魔法使いは皆自身の魔力を贄にして、魔精を導いて魔法を行使する。まあ例外となるのが、私が今研究している人工魔精なんだけど、今回はややこしくなるから省略するね」


 ここまでは前回説明された通りだ。魔法のイメージとしては、自身の魔力を消費して炎とか水とかを出すものだと思っていたけど、この世界では少し違うらしい。


 あくまで魔力は魔精を呼ぶための餌でしかなく、炎とか水とかを出せるのは魔精と呼ばれる存在となってくるようだ。


「エレさんが使ったあの色をつける魔法も同じ原理なんですか?」


「いい質問だね、確かにあれも原理は同じだけど誰でも使えるわけじゃなくて、あれは私だけのユニーク魔法なんだ」


「ユニーク魔法?」


 僕はそう言って首を傾げる。


「そう、魔法には2種類あって1つが誰でも使える普通の魔法、もう一つがさっき言ったユニーク魔法。でもユニーク魔法は、生まれつき持っている特性みたいなものだから、出来る人は殆ど居ないんだけどね」


 なるほど、あの魔法はエレさん専用の魔法って訳か。折角なら僕も使ってみたかったが残念だ。


「てことは、今から教えてもらうのはその誰でも使える方の魔法という事ですか」


「そういうこと。でも、誰でも使えるとは言ったけど魔法を習得できるかはセンスと才能によるから、そういう意味では誰でもは使えないかもね」


 衝撃の事実が飛び出してきた。魔法って誰でも使える訳じゃ無いんだ。急に冷や水を掛けられたような気分になる。もし出来なかったら、多分僕は泣いてしまう。


「えっ……もしかしたら僕は魔法を使えないかもしれないという事ですか?」


「う〜ん、多分ノワ君は大丈夫だよ。魔女の勘ってやつだ」


「うへぇー勘って、根拠無いじゃ無いですか」


「まあまあ、つべこべ言わずやってみようよ。実践あるのみだ」


 確かにぐだぐだ言ってて仕方ないか、出来なければその時はその時だ。僕はそう覚悟を決める。


「で、どうすればいいんですか?何となく魔法の原理は分かりましたけど、僕魔力とか分かりませんよ」


「安心したまえ、最初から魔力を練れる人はいないよ。今から言う通りに従ってればすぐにわかるさ、まずは目を閉じて」


 僕は言われた通りに目を閉じる。何をするのかと、不安と期待を胸に心臓が高鳴る。


「イメージするんだ、自分の血が心臓から全身に巡り、そしてそれが循環してるところを。」


 目を瞑ったまま、いつもより早い心拍音を感じながら、血が生成されてそれが血管を通り、腕に、足に、そして脳に巡る様子を想像する。


 そうしていると、後ろからにゅっと脇の間に腕が生えてきて、そのままエレさんに抱きつかれた。


「えっ!?なな、何ですか!」


「気にせずに続けたまえ、魔力を感じる上では大切な工程なんだよ。さあさあ、集中して」


 気にせずに、無理に決まってるでしょ!


 いきなり抱きつかれたら誰だって驚く、ましてやエレさんのような美人に抱きつかれて意識しない男なんて居ないだろう。そんな思いを抱きながらも、必死にイメージするが、どうしても柔らかな体の感触に集中が乱される。


 しかし、ある時を境に急に感覚が切り替わるのを感じた。まるで今まで入っていなかったスイッチが急に押されて、何が流れ出したような。


「結構早かったね、やっぱりノワ君には魔法の素質あるよ。感じるでしょ、魔力が流れる感覚」


「感じる、感じます。なんか不思議な感覚だけど、確かにこれが魔力なんだってのが分かります」


「私だって理由なく抱きついた訳じゃないよ、君に私から魔力を流し込んできっかけを作ったんだ。魔力を流すには身体接触が一番手取り早いからね」


 だとしても、事前に言って欲しかった。こちらにも心の準備ってものがあるんだから。


「これでようやくスタート地点だ、手始めに簡単な魔法を教えよう」


 そう言うとエレさんは、立ち上がって杖を構え、その杖をサッと動かして魔法を唱える。


「そよ風よ吹け、ブレッサ」


 エレさんがそう唱えると、蝶が一匹ひらりと舞い降りた瞬間、ブワッと風が巻き起こり僕の体を吹き抜けていった。


「僕にも出来るかな?」


「出来るさ、必要なのは自分が魔法を成功させた時のイメージだ。ほら、見よう見まねでいいからやってごらん」


 そう言ってエレさんは、自分が持っていた杖を僕にそっと渡してきた。僕は恐る恐るそれを受け取り、エレさんの姿を思い出しながら構える。そして、まだ体に残る風に当たった感覚を感じながら、サッと杖を動かして唱える。


「そよ風を吹け、ブレッサ!」


 僕がそう唱えた瞬間、目の前にパッと現れたのはエレさんのような蝶ではなく、羽であった。しかし、驚く間もなくその羽はくるりとその場で回ると、スッと消えた。そして、その場には代わりに弱々しい風が生まれそよりと僕の頬を撫でる。


「……出来た!成功した!」


 まさか本当に、魔法をこの身で使える日が来るなんて思いもしなかった。唱えた後に見えた羽にについては、気になるとこではあるが今はそれよりも魔法の成功に酔いしれていた。


 僕は今日、僅かではあるが一歩、また新たに異世界へと踏み込んだのであった。



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