黒と白
外見も壮麗であったが、中の造りも見事なものであった。建築についての知識はないが、それでもこだわって造られた事が感じられる。
そんな屋敷の一室、客室のような場所に通されて紅茶のような良い匂いのする飲み物が出される。
「さてさて、自己紹介をしよう。私が何者で君が誰なのか。まあ私の方は良くも悪くも有名だから聞いたことはあるだろうけど」
「えーと、まだ状況が飲み込めてないんですけど」
「君は私の家を訪ねて、私はそれを招き入れた。そしてお互いに初対面となればやる事は一つじゃ無いかな」
「それで自己紹介と……」
言ってる事は分からなくもないが、初対面の男。しかも、自分でもいうのも何だけど、家の前でウロウロしていた怪しい人物に対して、するものではないだろ。
「私の名前はエレノア・ツヴィエート、世間からは色彩の魔女と呼ばれている。さて、君の名前は?」
「僕は……」
どうしようか、前世と言っていいのかは分からないけど前の名前は確かにあるが、ここでそれを名乗るのは果たして適切なんだろうか。
一度死んだ身だ、折角なら何か新しい、自分らしい名前を名乗りたいところである。
「……僕の名前はノワール、ノワール・ブランです」
僕は白黒を名乗る事にした。ノワールは黒、ブランは白を意味する言葉だったはず。しっくりくる、僕にはぴったりな名前だ。
「ノワール君ね、じゃあノワ君とでも呼ぼうかな。君も私のことは好きに呼んでいいよ」
「えーと、じゃあエレノアさんで」
「えー、あまり面白味がないな。もっと親しみを込めてエレちゃんとかどうだい?」
「流石に初対面でそれは……せめてエレさんでお願いします」
僕には初対面の年上の女性をちゃん付けする勇気はなかった。
「まあいいか、じゃあそれでいこう。私も久々に人と話してテンションが上がってしまった」
なんとも掴み所のない人だ、テンションの上がり下がりが激しいというか、情緒が不安定というか。それに中々初対面なのにグイグイくるから、ペースが乱される。
「それじゃあ本題に入ろうかノワ君、君は私の人工魔精が見えると言ったね。君は何者なんだい?」
そう言って彼女は人差し指をピンと立てると、そこからは先ほど見た色と違う色の蝶が生まれる。
僕は一瞬その色に目を奪われて、ハッとする。人工魔精、彼女が言ったそれを僕は知らない。なんともファンタジックな名前だが、彼女の言い振りからして普通は見えないものらしい。
それに僕が何者かをどう説明しようか。馬鹿正直に今までの経緯を話すとなると。トラックに撥ねられ、死んだと思ったら、異世界転生していたと説明する事になる。
信じてもらえれば、この世界について教えてもらえる可能性があり大変助かる。
しかし、デメリットとしては、頭がおかしい奴だと思われて追い出される。だけならいいが、警察のようなものに差し出されたり、最悪殺される可能性も無いとは言えない。
……迷いどころではあるが、正直この世界がどうなってるのか分からない以上、下手な嘘をついてボロを出す方が困る。それならある程度事情を説明したほうが良さそうだと自分の中で結論づける。
僕は転生云々は無しにして、気がつけば知らない土地の市場の真ん中に立っていたことを説明する。
そしてそんな中で何か色の塊のようなものが飛んでいくのが見えて、それを追いかけるうちにここに来たことを話した。
「君がかなりの世間知らずなのは、私の名前を聞いて驚かなかった事から何となく察していたが、まさか訪問者とはね……正直驚きだ」
「訪問者……?」
「私も直接会うのは初めてだけどね。聞いたことはある、数十年に一度別の世界から飛ばされてこの世界に生き物がやってくることがあるらしい」
「訪問者……僕以外にも同じような境遇の人が居るとは思いませんでした。それにすんなり信じられるとは驚きです」
「私も直接会うのは初めてだけどね、貴重な体験をさせて貰っているよ」
転生者とは少し違うようだけど、どうやらこの世界には似たような事例が過去に何度かあったらしい。何はともあれ、僕の存在が受け入れられたのはありがたい。
「話を戻そうか、訪問者についてだけどね。過去の事例を参照するなら、訪問者ってのは大体特異な体質だったり能力を持っていると言われている」
そう言ってエレさんほ僕の目を指差す。
「君の場合はその目かな、魔精を見る事ができるなんてのは聞いたことがない。私は今非常に君の目に興味がある」
「目ですか?そんなに珍しいことなんですか」
「そうだね、君はこの世界の人じゃないなら魔法の体系も違う可能性もあるね。少し説明しようか」
「お願いします」
まあ僕の世界に魔法なんてもの無いから、体系が違うとか以前の問題なんだけど、説明来てくれるというなら大変助かる。
魔法か、創作の存在だと思ってたものが今まさに目の前で見せられようとしている。ワクワクもするし、それと同時に夢を見てるような不思議な気持ちにもなる。
「この世界の魔法は基本的に魔精、魔力精霊によって成り立っているんだ。魔精っていうのは何処にも存在してるし、存在してないとも言われている。簡単に言えば、住んでる世界の層が違う存在なんだ」
理解できてるのか分からないけど、まあ絵を描くときのレイヤー見たいなものかと自分の中で納得させておく。
「その魔精に対して、自身の魔力を使い言葉を用いて、この世界に魔精を導き、現象を引き起こすのがこの世界の魔法の原理という訳だ」
そういうと彼女は懐から小さな杖を取り出して、指揮棒のように振りながら立ち上がる。そうすると同時に、彼女は薄い色の膜に包まれ、それが徐々に杖へと集まっていく。
「我水を求める、アーテゥス」
そう唱えると同時に、彼女の周りから色を纏った蝶々が数匹ヒラヒラと現れる。その蝶は杖の先端へと向かい、その後スッと消えると同時に杖の先には水の球が出来上がっていた。
「これがこの世界の魔法って訳、君にはどんな風に見えるのかな」
「すごい!エレさんに色がついたと思ったら、後ろから蝶が出てきてそれが消えて水球に変わりました」
「なるほど、やはり魔精を目で捉える事ができると言うのか。それに蝶々か……面白い」
僕は今非常に感動していた、色が見えた事の感動もあるが、魔法の存在をこの目で確認できたことが男心を燻った。
「ノワ君、君の意見は非常に貴重で興味深い。もっと話を聞きたいところではあるけど、まずは先に私が何者なのかも話そうか」
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