色彩の魔女


 気がつくと周囲の人気が一切なくなっていた。どれほど走ったのか分からないが、息をするのも忘れて走っていたせいで、もうここが何処なのか分からない。それでも気を抜けば消えてしまいそうな、淡い色を纏う蝶を追いかけ続ける。


 色を纏った蝶は街の騒がしさから離れ、路地のような場所に入り込んでいきフラフラと何処かへと向かっていく。左へ右へ、何度細い道を曲がったか分からない、しかし遂には暗い路地の先から光が見えてきた。


「もう限界だ……」


 路地を抜けた瞬間、僕は膝に手をつき息を吐き出す。時々見失っては走って、また見失っては走ってを繰り返していたせいで遂に体は限界を迎えた。


「はぁはぁ……文化部にこの運動量はキツイ……」


 運動はあまり得意で無い僕にはあまりにもハードすぎる。こんなことならもう少し体を鍛えとくべきだった。これほど体力が落ちてるなんて、小学生の頃はもっと走れた気がするのに。


 息は未だに整わないがそれでも色を逃さない為に顔を上げて、どこに行ったのかを探そうとする。


 すると、目の前には大きな洋館のようなものがそびえ立っている事に気がついた。蝶はそこに向かってはフラフラと入っていった。


 絵本やアニメで出てくるようなザ屋敷と言った造りだが、どこか少し寂れた感じもする。手入れがされていない訳ではないが、人の気配がないのが不気味さを醸し出している。


「にしても、ここ何処だよ……」


 さっきまでは街の中にいたはずなのに、気がつけば周りは木々に囲まれていた。


 いくら無我夢中で駆けていたと言っても、流石に森に入っていったのなら気づくはずだ、それなのに路地を抜けた途端に広がっていたのは一面の大自然。


「流石はファンタジーと言ったところかな、異世界転生の次は神隠しか」


 よく見ればさっきまで走ってきた道も無くなっている事に気がつく。背後には木々が並んでおり、さっきまであった筈の街の路地は何処にも見当たらない。


 さて、でもこの屋敷に僕が見た色が入っていったのは確かだ。鬼が出るか蛇が出るか、怖くないといえば嘘になるがここまで来れば行くしかあるまい。


 心を奮い立たせ前に進み、屋敷の入り口の前にまで近づく。屋敷の周りには塀のようなものもなく、何処からこの屋敷の敷地なのかよく分からない。


 近づく事でより一層その屋敷の大きさを実感する、テレビや本で屋敷や豪邸が紹介されてるのを見たことはあるが、実際に近づくとビルやタワーマンションとは違った凄みを感じる。


「すいませーーん!誰か居ませんか!」


 僕はノックをしてから大声を出す。人の気配は感じないが、出来ることなら誰か出てきて欲しい。加えるなら優しい人であれば望ましい。


 しかし、思いとは裏腹に中から返事はなく依然として屋敷の重厚感が目の前からのしかかってくる。


 その後何度か声を上げて、ノックをするも何の反応も帰ってこない。


 さて、普通ならここで一度帰り再度訪れるのが礼儀なのだろうが、僕には帰る手段がなく。そもそもここが何処かも分からないのだから仕方あるまい。


 意を決して、扉を開こうとする。その時――


「こんな所で何をしてるのかな」


 そう言いながら僕の肩にポンと手を置かれる。僕は驚き飛び上がる。まるで心臓を掴まれたようだ。さっきまで後ろに人の気配なんて無かったはずなのに。僕は恐る恐る振り返る。


 次の瞬間、僕は背後に立つ人の容姿に目を奪われた。


 美人だ、美人なお姉さんがそこにいる。汚れを知らぬ、白い肌に軽くウェーブの乗った髪、筋の通った高い鼻が顔全体のバランスを整えてる。

 そして、何よりも僕はその人の瞳に魅了された。此方を見透かすかの様な冴え冴えとした、知的な瞳に見つめられ僕は言葉を失う。


「どうしたんだい?固まってしまって。そんなに見つめられると照れてしまうよ」


 彼女の言葉に冷静さを取り戻し、状況を確認する。

 とんがり帽子に、少し擦れたローブをつけて左手には杖のようなものを持っている姿は惑うことなく、絵本に出てくる魔法使いそのものであった。魔法の杖と言うよりかは、老人がつく杖のように見えるが、持ち手の上の部分にある巨大な宝石のような物がファンタジー感を醸し、魔法使い感を引き立てている。


 しかし、僕はそれよりも彼女の後ろに漂っている色の塊に目を奪われた。先ほどとは違い蝶は1匹や2匹ではなく群れを成して集まっている。


「後ろの……後ろのそれを追いかけてここまで」


「……ふぅーん、へぇー君面白いことを言うね。君はこの人工魔精が見えるって言うんだ」


「人工……魔精?」


「ふむふむ、納得した。だからここに辿り着いたのか。いやはや実験で少し街に放ってみたら、予想外の者を連れてくることになるとは」


 彼女が何を言っているのか分からないけど、どうやら何か納得したらしい。それにどうやらいきなり敵対すると言った感じでも無さそうだ。


「さてさて、聞きたいことは山ほどあるが折角ここまで来たんだ。歓迎しようじゃないか、ようこそ色彩の魔女の館へ」


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る